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母の鼻歌には注意が必要だ。
それはこれから来る嵐の始まりを意味する。
父と言い合いをした時。
父の帰りが遅い時。
父に罵られた時。
怒っているはずなのに、鼻歌を歌いながら夕飯を作る母の後ろ姿を見ながら不思議に思ったものだ。
次の日父は腹をくだし、
冷房が寒すぎて風邪を引き、
地震で物が落ちてきて、頭を縫う怪我をした。
「バチが当たったのね」と母は言った。
僕が大人になるにつれ、鼻歌が機嫌の悪さの始まりを意味することを理解した時から、鼻歌は僕にとって恐怖になった。
鼻歌を歌う母に関ってはいけない。
月日は流れて。
父はもう逝ってしまって、
母は僕と妻と一緒に住むことになった。
母と妻は相性が悪い。
怒鳴り合うことはないが、2人の間にはいつも冷たい空気が流れている。
「ただいま」
出張から帰ると、珍しく母がキッチンに立っていた。
鼻歌を歌いながら、何か作っている。
「あら、お帰りなさい」
「母さんが料理してるの?」
「ええ、理恵子さんが帰って来ないから仕方ないでしょ。
電車で出かけるって言って出て行ったんだから」
今日はどこかへ出かけるなんて言っていなかった。
俺にメールもせずに、夕飯を作らないなんてことはあり得ない。
嫌な予感がする……
あの時も、父が亡くなったあの夜も、母はキッチンで上機嫌に料理を作っていた。
そこに電話がかかってきて、父が走ってくる電車に飛び込んだことを知った。
同時に愛人の存在も。
「バチが当たったのね」
母は言った。
突然携帯が鳴る。
「理恵子かな?」
しかし画面には警察署の文字…
母は動かない。
「もしもし…」
意を決して電話に出た時、
母のつぶやきが聞こえた。
「バチが当たったのね」
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