第52話 エピローグ

1/1
244人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ

第52話 エピローグ

 ~数年後~  朝子は窓を開け、朝日と五月の心地よい風を感じていた。  爽やかな日差しを浴びながら、「よし!」と気合を入れる。  今日から一週間、百貨店では大きなイベントが開催される。  スポットライトがあたるその(きら)びやかな舞台、建物の真ん中の吹き抜け部分に設置される、どの階からも観覧することができる、特別なステージ。  今日は、そのメインステージで、メイクのデモンストレーションが行われる。  そして今年ついに、そのデモンストレーションの担当として、朝子が選ばれたのだ。  責任重大な大役を任された朝子だったが、不思議と心は落ち着いていた。    集合時間にはまだ余裕があるが、朝子は出発の準備をする。 「行ってきます」  そっと声をかけ、玄関を出た。 ◆  会場に着くと、すでに由美と智乃が百貨店の担当者と打ち合わせをする姿があった。  朝子に気がつき、智乃が側に来る。 「朝ちゃん! おはよう。早いじゃない。緊張して眠れなかった?」 「意外と落ち着いてるよ! でも会場見たら緊張してきた……」  笑い合う二人の側に、打ち合わせが終わった由美が歩いてくる。 「朝子ちゃん! 百貨店の人も今回、相当期待してるみたいだから頑張ってね。ってプレッシャーかけちゃ悪いか!」  由美がおどけて見せ、三人であははと笑った。  朝子は一旦会場内を歩いて回る。  すると、メイクセットの準備をする、間宮の姿を見つけた。 「間宮さん! 今日はよろしくお願いします」  間宮は今日、朝子のデモンストレーションのアシスタントをする事になっていた。 「私がアシスタントで後ろで構えてるから、どーんと大船に乗ったつもりで頑張って~!」  間宮の顔を見ながら、朝子はつい感極まってしまう。 「あの日、間宮さんにメイクしてもらわなかったら、今の私はありませんでした。本当にありがとうございます」 「ちょっとちょっと。感傷に浸るのは成功してからにしよう! ぱーっとね!」  間宮も目を潤ませながら、何度も朝子の背中を叩いてくれた。  しばらくすると百貨店の開店時間になる。  少しずつ会場全体も、高揚感に包まれていった。 「おはよう!」  後ろから声をかけられ振り返ると、亜川が立っていた。 「亜川さん! おはようございます!」 「本当にデモンストレーションで、メインをはるまでになるとはな。成長したな。がんばれよ!」  亜川にぽんっと肩を叩かれ、朝子は「はい!」と元気に答える。 「あっ。部長! 来てくださったんですか!」  朝子は高梨の顔を見つけ声をかけた。 「大事な朝ちゃんの晴れの舞台だもの。スタッフ管理部のみんなで応援するわよ!」  高梨は、変わらない穏やかな笑顔で応援してくれた。 「僕もいますよ! 朝子さん!」  その後ろで、拓海がカメラ片手に手を振っている。 「拓海くん! まさか、カメラ担当?!」 「そうなんですよ~。僕のカメラの腕が認められて、広報部直々の指令で! 今日はバッチリ素敵な写真撮りますから」  はにかんだ拓海の笑顔に、朝子もつられて笑顔になった。  朝子はすでに自分が涙ぐみそうになるのを必死でこらえる。  ――みんなに支えられて、ここまで来られた。あとはステージの上で自分の全てをぶつけるのみ。  そう、心の中でつぶやいた。 ◆  いよいよステージが始まった。  朝子は舞台袖で、ピンマイクをつけ準備をする。  一旦ふうっと息をはき、「よし!」と両手に力を入れた。  そして爽やかな音楽と司会のアナウンスに合わせて、朝子はメイクモデルと共にステージに登場する。  ステージに立った途端、(まぶ)しい照明に一瞬目が(くら)む。  だんだん目が慣れてきた時、一番に目に飛び込んできたのは会場の後ろで優しく朝子を見つめる瞳だった。  朝子はその瞳に笑顔を返す。  そして会場を見渡して、大きく息を吸った。 「みなさん。こんにちは。これから、メイクのデモンストレーションを開催いたします」  ――あぁ。思えば私は理想の王子様を探し、仕事に恋に迷走している日々を過ごしていた。  でも、理想の王子様は二次元の世界でも、自分自身の中でもない、現実世界にちゃんといた。  お互いが自分らしくいられる人。  一緒に前を向いて進める人。  それが私の理想の王子様だったんだ。  朝子はふっと一つ息をはき、顔を上げ会場を見渡した。  期待に満ちた瞳が、朝子を見つめている。  朝子はその一つ一つに届くように、想いを込めて声を出す。 「本日、デモンストレーションを担当いたします。須藤朝子です」 ◆  その頃、朝子の部屋の窓には柔らかい日差しが届いていた。  そしてその日差しを浴びて、一枚の写真立てがきらきらと光り輝いている。  グリーンアーチをぬけた先、大小さまざまな常緑樹に囲まれた芝生は、まるで森の中のようだった。  後ろには、全面ガラス張りのレストランが見える。  写真の右側には、高梨、間宮、由美、智乃が笑顔で写っていた。  その後ろには、亜川とカメラを抱えた拓海の笑顔が見える。  左側には、上田の複雑な表情と、冴子とみちるの笑顔。  そして異彩を放つ、レイさんとタケルの二人組。  そんな仲間たちに囲まれて、写真の真ん中には、タキシード姿とウエディングドレス姿で寄り添って写っている、須藤と朝子の笑顔があった。 ~完~
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!