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「えーと、ここで良いのかしら?」
女性は、受け取った手紙に書いてある部屋の扉をあけた。
部屋には、シルクハットを目深にかぶり、真っ黒なマントを身に付けた男が颯爽と立っていた。
「やあ、よく来たね。君を待っていたんだよ」
男はそう言って、ほほ笑みを浮かべながら、両手を大きく広げて私に近づいて来る。女性の体はまるで何かに押さえつけられたかのように動かない。
女性まであと数歩のところまで近づいて来た男の目は、顔の表情とは全く別で感情が一切ないように見えた。
――まずい、これは違う……
女性の体は彼に対して拒否反応を起こし始めた。動物が感じる、生命の危機。何か触れてはいけない、ヤバいもの。本能が女性にそう告げていた。
男は、もう目の前に来ている。
男の口角を上げた口元からは、八重歯がキラリと見えている。
いや、八重歯ではない。あれはキバだ。
生贄にされた処女の生き血を吸い尽くす、吸血鬼のキバだ。
女性の心は全力で逃げろと悲鳴を上げているが、体が一切動かない。
男の目が女性の体を押さえつけているのだ。
「いやぁー!」
心の中で叫んでいても、体は自由にならない。
「まて! 彼女に何をするんだ」
そこへ、突然大きな声を上げながら女性と男の間に割り込むように飛び込んで来る一人の青年。
彼は吸血鬼に対して、十字架を向けながら何かの液体をかける。
「ギャァー」
吸血鬼はこの世のものとは思えないような叫び声を上げながらコウモリになって飛び去って行った。
「助けて頂き、ありがとうございました」
女性は、その青年にお礼の言葉をかけながら、頭をさげる。
「いえいえ、そんな。当然のことをしたまでですよ」
青年は、さわやかそうな笑顔を女性に向けながら返事をする。
それから、ゆっくりと女性に近づいて女性の両肩に手をかける。
青年の両手は思いのほか力強く、女性の体は自由を奪われる。
――これも、ヤバイ……
青年の口元が、女性の顔に近づいて来る。
青年の口が耳元まで裂けるように、大きく開く。
開いた口には、女性を一飲み出来る狼男の鋭い牙が何本も見えた。
女性の心は全力で逃げろと悲鳴を上げているが、体が一切動かない。
青年の両手が女性の体をがっちりと押さえつけているからだ。
「まて! 彼女に何をするんだ」
そこへ、大きな声を上げながら現れる若者。
若者の手には、銀のナイフが……
「ぎゃぁー」
背中に銀のナイフを突きたてられた狼男は、苦しそうなうめき声を上げながら部屋から飛び出して行った。
「助けて頂き、ありがとうございました」
女性は、その若者にお礼の言葉をかけながら、頭をさげる。
「いえいえ、そんな。当然のことをしたまでですよ」
若者は、肩にかけていた水筒からコップに水を注いで、女性に手渡す。
「緊張して喉が渇いたことでしょう? どうず一杯お飲みください」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……」
女性が水を一口飲むと、突然睡魔が襲って来た。
あまりの眠さに、体はくずれるように床に倒れる。
女性の意識は、体とともに深い眠りに入ってしまったようだ。
「けっこう上玉だな」
若者は、そうつぶやくと、ゆかに倒れている女性を肩に担ぐ。
「結局、人間が一番怖いんだよお嬢さん。これから、しっかり稼がせてもらうからな」
若者は、意識の無い女性に対してそう言いながら、歪んだ笑い顔を浮かべて女性を担いだまま部屋から出て行った。
(了)
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