1 竜の落し子

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1 竜の落し子

太陽が真上を通り過ぎた頃、フードに顔を隠した男が深い森を静かに進んでいた。 慣れた様子で進む彼は、くすんだ茶色の外套の下に小さなナイフと木製の弓を携え、手には野鳥を1羽掴んでいる。その首に刺さった矢は彼の弓術の熟練度を表している。 (少し暑いな、やっと春が来るのか。……今日の狩りは終わったし、猛獣のテリトリーは抜けた。もうカモフラージュは無くてもいいだろう。) 彼は若干湿った肌に軽く眉を顰め、森に紛れる為に着ていた外套を器用にも歩きながら片手で取り外した。 褪せた黒の上下に黒髪、浅黒い肌。全身真っ黒な青年が現れる。唯一、その琥珀のような瞳だけが太陽に照らされて明るく見えた。 不意に彼の足が止まり、真っ直ぐ前を向いていた琥珀が逸らされる。先程顰められた目元が更に険しい。 森は巨木がほとんどを占めている。樹木同士の距離は遠いものの、広く太く伸ばされた枝は空を覆い、人工的に拓かれた場所以外で明るいと言える所はない。彼が通り道にしているこの場所も昨日までは例外ではなかった。 (見慣れた場所の筈だが、まるで知らない場所のようだ。向こうの方がやたらと明るいからか?……見通しも、いつもよりいい気がする。) 彼は進行方向を明るい方に変えた。先程までより慎重に、警戒を払って進む。視界が更に開けていくと共に、地面を踏みしめる音が変わった。枯葉と小枝の乾いた音から、まだ短い若草の柔らかい音に。 すぐに辿り着いたその場所で、彼は美しいものを見た。 彼が辿り着いたその場所は、昨日まであった筈の巨木が1本忽然と消え、円形の土地ができていた。地には足首を隠す程の柔らかい下草が絨毯のように生息している。さんさんと降り注ぐ陽光は暖かく、時折吹くそよ風がサラサラと小さな草原を揺らす。上空を舞う猛禽の鳴き声が耳に心地よい。 なんとも昼寝に良さそうな空間、その中央で少女が1人、猫の仔のように丸くなっていた。 緩くウェーブのかかった濃い金の髪、ミルクのように白い肌に艶やかな唇がよく映える。歳の頃は十と言うにも幼い。 その身に纏う丈の合わない白のブラウスは、上衣というよりはワンピースのようであった。 (何故こんなところに子供が。ここは子供が1人で来られるようなところではない。最寄りの町でも半日かかるのに……もしや何かが子供に化けているのか?) 青年はサク、サク、と若草を踏み締めてゆっくりと少女に近づく。その手はナイフの柄にかかっており、より一層警戒を払っていることが伺える。 しかし、彼の警戒に反して少女は全く何のアクションも起こさなかった。彼が少女の傍に屈んでじぃっと観察を始めてもスヤスヤと寝息を立てるだけで身動ぎもしないのだから、その警戒心の欠如は相当なものだろう。 青年は呆れたようなため息をついてナイフから手を離した。あどけない表情で眠る少女の前髪をそっと掻き上げる。彼は首を傾げた。 (馴染みのない顔立ちだな。しかしどこかで見たような……あぁ、昔行った外国の絵画がこんな感じだったか?アレは確か宗教的な建物にあったやつだったと思うが。)
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