影女は花笑む

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「ごめんな。ガキの頃のノリで、とっちめてやろうと思ったんだ。この通り俺は平気だから気にしないでくれ」  行彦は陽気に笑った。少女は顔を上げ、泣きそうな顔を少し安心させて行彦に頭を下げた。  謙吾が少女に頼む。 「そうだ。洗面器に氷水を入れて持ってきて。タンコブができているから」  少女は慌てた様子でフライパンを手にすると障子を手で開けることなく、正面から障子に突っ込んで行った。  行彦の顔が驚愕して固まる。  なぜなら、少女は障子を破ること無く、素通りをし障子の向こう側に消えたからだ。 「……何だよ、あの娘」  行彦が尋ねると、謙吾はあっさり答えた。 「影女だよ」 「影女? ……って、妖怪か」  行彦は少女が消えて行った障子を見た。少し呆然とし、謙吾に訊き返す。 「で? どんな妖怪なんだ」 「若い男が住んでいると現れる妖怪で、掃除とか家事とかをしてくれるんだ」  謙吾の説明を聞く。行彦の中で時間とともに妬みが沸騰してきた。羨ましくて。 「この野郎。可愛い女の子と漫画みてえな暮らししやがって」  行彦は拳の関節を鳴らして、リア充生活をしている親友を妬んだ。 「可愛いのは認めるけど、そんな都合の良いことばかりじゃないんだよ」 「は?」  行彦の疑問に、謙吾は少々疲れた様子を見せると、両手を合わせ中指から小指までを内に組み、人差し指と親指の先を合わせ、普賢三摩耶印を組む。九字で用いる印の一つだ。  九字は密教の基本的な呪術で邪を祓い除ける。九種の印は、神仏を表し、普賢三摩耶印は仏格:毘沙門天、神格:天照大神が配当されている。 「臨」  謙吾は一字を唱え天照大神に乞い、天照大神を祭る伊勢神宮の如き清らかさ美しさの《力》が印に宿る。畳に掌底を叩き込むと霊気が、波紋のように広がる。  否や畳の継ぎ手、畳の目、座布団の影や座卓の裏から何かが姿を見せた。
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