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初めまして、視聴者の皆さん。
こんな無名の動画配信者の動画を視聴していただき、ありがとうございます。
ええ、いいんです。
視聴者が10人に満たなくても。
僕の目的はあくまでも証拠を残すことですので。
今視聴してくださっている皆さん。
可能であればこの動画を録画してSNSで拡散していただけると嬉しいです。
僕の名前は森野 響哉。
星宮市の東乃原中学の2年A組です。
本名です。
何故なら特定していただきたいからです。
星宮市の東乃原中学。
中途半端に聞き覚えがあるんじゃないでしょうか?
むしろ、聞き覚えがあって欲しいと僕が願っています。
じゃないと、彼が浮かばれません。
東乃原中学では今年、生徒がひとり死亡しています。
吉住 悠。
彼は体育倉庫で死亡していました。
第1発見者は僕です。
サッカーボールを収納する金属製の整理カゴ、あるじゃないですか?
キャスター付きの。
その整理カゴをひっくり返した檻の中で、整理カゴから出られないようにたくさんのダンベルを乗せられた、そんな中で、悠は傷と痣と泥と砂と埃と精液塗れで、ぐったりとしていました。
そこまで聞いて、ピンときた方がいるんじゃないでしょうか?
彼の親が、サッカー部のいじめを糾弾して、騒いでいましたから。
僕にしてみたら、彼の親もサッカー部のクソ野郎どもと大差ないんですけどね。
彼は運動が苦手でした。
絵を描くのが好きでした。
美術部に入りたいと訴えた彼をぶん殴って、「絵なんかで稼げるわけがない」とか言って、無理やりサッカー部に入部させたのは、彼の親なんですよ。
笑えますよね。
正に腹筋崩壊ってヤツです。
じゃあサッカーなら稼げるのかよ?食っていけるのかよ?
サッカーに夢中になって、「サッカー選手になりたい」とか言い出したら、それはそれで「そんなんで稼げるわけがない」とか「食っていけるわけがない」とか。
言うんでしょうね、どうせ。
それって結局、
「私たちは好きなことややりたいことを我慢して子供時代を過ごして、今も苦痛に耐えてやりたくもない仕事をしてるんだから、私たちの子供であるお前が好きなことややりたいことを満喫して、それを仕事にしてお金を稼ぐなんて許さない」
ってコトでしょ?
“あなたの為です”みてぇコト言って、結局はテメェの為じゃねぇか。
結局は子供に対する理不尽な八つ当たりじゃねぇか、クソが。
お前らに好きなことややりたいことをやらせなかったのはお前らの親だろうが。
だったら親に文句言えよ。
親をぶん殴れよ。
親には怖くて何も言えねぇで、弱者である子供に八つ当たりして。
自分がみっともねぇと思わねぇのかよ。
それで「私たちは子供を理不尽に殺された被害者です」ってか?
…………反吐しか出ねぇよ、クソが。
まぁそんな訳で。
運動が苦手なのに集団競技であるサッカー部に入った悠がいじめられるのは必然ですよね。
勝者が正義。
強い者が正義。
運動部なんて、そんな弱肉強食の猛獣たちの集まりなんですから。
そこに弱い草食動物が放り込まれたら、餌食になるのは当然でしょう?
ましてや集団競技。
そんな世界、足を引っ張る弱者がいたら、そいつは大罪人ですから。
何をしてもいいってなりますよね?
チームに貢献する優秀な選手こそが英雄で、貢献しないどころか足を引っ張る輩は人権すらないんですよ。
そりゃまぁ人身御供になりますよね。
その人身御供を虐げれば、周囲は「あんな扱いはされたくない」と死ぬ気で頑張りますから。
まぁ、そんな頑張りで報われるとは思いませんけど。
だってその人身御供が潰れたら、次の人身御供はそいつら“死ぬ気で頑張らなきゃどうしようもない奴ら”の中から選ばれるんですから。
顧問に対しては、多少同情の余地はあると思っていました。
授業をして、部活の顧問をして、生徒の相談を聞いて、生徒の進路云々について考えて、保護者の相手をして、テストを作って、書類仕事をして……まぁ、そりゃストレス溜まるでしょう。
何で分業制にしないんですかね、この日本は。
教育に専念する教師、部活に専念する顧問、生徒や保護者の話を聞くカウンセラー、進路指導の専門家と、仕事を分担すればいいだけの話なのに、何で分担しないんですかね。
少子化対策に力を入れるとか偉そうなこと口走ってても、どうせ政府は子供が生まれさえすれば、後はどうでもいいんですよね?
生まれた子供が傷つこうが苦しもうが、数さえ増えれば後はどうでもいいんですよね?
…………この国、この世界、本当にクソだよな。
芸術文化は雑に扱うくせに、スポーツ様だけは尊いと信仰するあたり、クソとしか思えねぇよ。
どう足掻いてもクソ。
頭ン中戦時中でストップしてんじゃねぇの?
ですので、顧問に対しては多少の同情の余地はあると思っていたのですが、アイツ、第1発見者の僕の口を封じようとしました。
僕の担任教師を同席させた上で、僕が悠の事件について口外したら内申を下げるとか、志望校に推薦しないとか言ってきました。
同情の余地なんてなかったです。
僕の担任教師も含めて、この世界に生きる人間は、やっぱりクソしかいませんでした。
あと、その脅しが僕に通じないって判断できなかったんですかね?
僕は悠と愛し合ってました。
同性同士ですが、中学生ですが、愛し合っていました。
悠がいない世界なんて、僕にはもう、どうでもいいんですよ。
高校とか、進路とか、将来とか、もうどうだっていい。
悠を殺したクソみたいな国の、クソみたいな世界で生きていくなんてゴメンです。
だからもう……あの2人の進路や成績を盾にした脅迫を前に、笑いを堪えるのに必死でしたよ、僕は。
直接悠を傷つけ、苦しめ、いたぶり、凌辱したサッカー部の連中は言わずもがなです。
一切の同情の余地無し。
害獣の始末は許可されてるでしょ?
だからこれから始末をします。
悠の両親やサッカー部の顧問、僕の担任教師も含めて。
今僕がいる場所は体育倉庫の奥の小部屋です。
そう、悠が凌辱されて殺された体育倉庫です。
すぐそこの扉を開ければ、体育倉庫の中は真っ白です。
小麦粉で真っ白です。
その中で、悠を殺したサッカー部員、悠の両親、サッカー部顧問、僕の担任教師……関係者全員縛られて意識失って転がっています。
まぁ目覚めても、どうせお互いの顔すら見えないんですし、別にいいですよね。
むしろ連中には、誰も彼もが見えない空白の中での終幕がお似合いな気すらします。
悠の傷、悠の苦しみ、悠の痛み、それらを見なかった、見ようとしなかった連中ばかりですから、アイツらに視覚なんて必要がないでしょう。
あぁ、しまった。
アイツら眠らせるべきじゃなかったかもしれませんね。
起こしたまま、空白の恐怖と死の恐怖を堪能させるべきだったのかもしれません。
まぁ起きてたら起きてたで、連中が暴れて、この計画が台無しになっても困るので。
このまま、連中にはおねんねしたままで逝ってもらいましょう。
では、そろそろ。
うっかりこの動画が通報されて、警察に計画の邪魔をされるのは心底嫌なので、僕もそろそろ行きますね。
…………最後に、僕が一番許せない人間の名前を伝えます。
森野 響哉、つまり俺です。
俺には、悠を助けることができた。
悠を児童相談所に連れて行く事も出来たし、この大量の小麦粉や、粉塵爆発の実験に使った貯金を片手に、悠と一緒に逃げる事も出来た。
悠が生きてる間にアイツらを殺すことも出来た。
それに。
あの日、あの時、俺がもっと早く異変に気づいていれば、悠は……。
でも、そんな事を言っても、もう仕方ないんです。
悠は死んだ。
悠は殺された。
俺は悠を殺した奴らを許せない。
悠を殺したこの国が、この世界が許せない。
…………そして、何より。
俺は、俺自身が。
誰よりも、何よりも、許せない。
俺が誰よりも、何よりも、殺したいのは。
めちゃくちゃにしたいのは。
俺自身なんです。
俺自身を引き裂きたくて仕方がないんです。
…………少し、喋り過ぎました。
もう時間が無いので、そろそろ締めに入ろうと思います。
美術部に入りたかった悠を、嫌がる悠を無理やりサッカー部に入れた、元凶であり加害者である悠の両親が、SNSでは被害者扱いされているんですよね。
僕はそれが許せなくて、この動画を配信する決意をしました。
まぁでも、僕はこれから死にますので。
僕が死んだ後の世界がどうなろうと知ったこっちゃないですし。
こんなクソみたいな世界がどうなろうと知ったこっちゃないです。
この動画を見た誰かが、悠の為に動いてくれるなんて思っていません。
…………この世界には、悠と俺を救ってくれる存在なんて居ない。
そんなクソみてぇな世界に、俺は一切期待なんてしねぇよ。
この動画を有象無象がエンターテイメント扱いしようが、切り貼りして遊ぼうが。
俺にはもうどうだっていい。
こんなイカれた世界、ぶっ壊れちまえ。
粉々に。
*
森野 響哉が開けた扉から溢れる白い粉。
森野 響哉がその空白の中に踏み込んだ後、閉ざされた扉の向こうから。
凄まじい爆発音と、悲鳴。
動画は、そこで途切れた。
*
インターホンが鳴る。
カメラ越しにその美貌を確認すると、僕は慌てて鍵と扉を開けた。
「夏希先輩、早すぎます」
「あのなぁ、なるべく早く上京して来てくれって言ったのはお前じゃねぇか」
「だって、まだ部屋が片付いてないですから……」
「物書きの部屋なんて大体似たようなモノだろうが」
仕方なく、足の踏み場がほぼ無い部屋に夏希先輩を上げる。
夏希先輩は躊躇なく上がって、唯一の座れるスペースであるダイニングテーブルに座ると、上に散乱する書類を一纏めにした。
「いやだって。夏希先輩、喘息……」
「この程度の埃っぽさでくたばってたら、俺、自分の締め切りの度に一々くたばってる事になるだろ?」
関本 夏希、小説家。
あるアイドルの双子の兄弟である彼は、やはり整った容姿をしている。
持病の喘息や生来の身体の弱さが無かったら、彼もまたアイドルとして活躍していたんじゃないかと、出版社では話題になっている。
そんな彼の自室も、締め切り前にはこの部屋のように壮絶な状況になるなんて、想像できない。
……いや、想像したくないと言った方が正しいか。
「取りあえず、集められるだけ集めてきた」
夏希先輩は鞄から何冊かのファイルを取り出す。
「いや、もう集めてきたんですか!?」
「集められるだけな」
「集められるだけって量じゃないんですけど」
「…………そうかぁ?」
首を傾げる夏希先輩。
関本 夏希の、探偵並みに優秀な情報収集能力はノンフィクションライターの間では有名だった。
それこそ、探偵や記者、ノンフィクションライターの方が向いているんじゃないかと思うが、小説も取材や情報収集は必要不可欠なんだと彼は言う。
「ほぼ、森野 響哉が動画内で語った通りだった」
「…………そう、ですか」
部活内でのいじめ……とすら呼べない所業により死亡した同級生の復讐を果たした中学生、森野 響哉。
復讐を果たすまで動画配信し、本名まで語ったのだから世間は騒然とした。
「まぁ、当たり前と言えば当たり前なんだけどよ。森野 響哉の家庭環境も良好じゃなかったのが動画では語られなかったひとつ。森野の方も美術部に入る事を両親に反対されて、仕方なく弓道部に入っている。森野の方は運動が苦手というよりは集団行動が苦手で、個人競技である弓道部ではそこそこの成績を出していた。最も、大好きな美術に打ち込む事を禁じた親に対する憎悪は燻っていたそうだけどな」
「つまり、森野と吉住は……」
「同じ美術好きが縁で親しくなったみたいだ。小学校時代の社会見学では2人で行動し、美術品や絵画に目を輝かせていたと、同級生や小学校時代の担任教師が証言している」
やるせない事件である。
森野と吉住の両親が、彼らが美術部に入部する事を許可していれば、起きなかったであろう事件なのだから。
森野と吉住の両親が、2人が美術部に入る事さえ許可していれば。
きっと彼らは今この時も、大好きな絵に打ち込みながら、芸術作品に触れながら、瞳を輝かせていただろう。
「もうひとつ、吉住がサッカー部の連中に殺されたあの日、森野は吉住と部活後に会う約束をしていたらしい。森野は校内の待ち合わせ場所で暗くなるまで待ち続けていたが吉住は来ない。吉住の自宅に押し掛けるが、吉住はまだ帰っていない。森野と一緒だと思っていたと告げられた。嫌な予感がして、慌てて校内に戻ると……」
「吉住は死んでいた。しかも凄惨な状況下で」
森野が校内にいた同時刻に、吉住は同じく校内でいじめと言う名の暴行と凌辱を受けていた。
森野が自分自身を許せないと語っていたのは、同じ校内に居たのに気づけなかったという罪悪感もあるのか?
「あるいは、吉住の両親に責められたか……だな。自分たちの非は認めず、他人の……森野のせいにして責めるくらいはやりそうだ、あの両親。調べた限りでは」
「…………」
「まぁ、何というか……この事件」
登場人物、しかも大人が揃いも揃ってイカれてた事件だな。
夏希先輩は溜め息と共に、そんな言葉を吐き捨てた。
「だからこそ、僕はこのままにしておいてはダメだと思うんです」
僕の言葉に、俯いていた夏希先輩が顔を上げる。
そして僕を真っ直ぐ見据える。
僕もそれに応えて、真っ直ぐに夏希先輩を見据え返す。
「森野や吉住と同じ状況下の子供が、大人は誰も助けてくれないと絶望しないように、今からでも大人が彼らに寄り添うべきだと思うんです。彼らの真実を、彼らの事件の真相を知り、語り、世間に伝え、そして寄り添うべきだと思うんです」
僕の言葉に、夏希先輩はふわりと微笑みを浮かべた。
「時成のそういうトコ、俺は好きだぜ」
「…………え?」
「いや、恋愛とかそういう意味じゃねぇんだけど。尊敬してるし信頼してるってこと」
わしわしと頭を撫でられているあたり、尊敬というより子供扱いというか、弟扱いされてる気がしなくもないが。
それでも僕は、夏希先輩なりのエールが嬉しかった。
「ま、これからも合間見て情報を集めるし、集めた情報は提供するから」
夏希先輩のそれは、片手間に集めた情報量ではなく、探偵が張り込みを続けて調べたレベルの、とんでもない情報量であろう事が容易に想像できるし、恐ろしいのだが。
この上ない強力な助っ人である事に代わりは無い。
「この世界は君たちが思っているより、ずっとずっと優しいから」
僕は、夏希先輩のファイルから一枚の写真を取り出して、微笑みながら呟いた。
小学校の写生の時間に撮影したらしい写真。
花壇の前に座り込んでスケッチブックを抱えた小学生の森野と吉住らしい2人の少年が、カメラに向けて笑顔でピースサインを出していた。
輝かしい明るい未来を疑いもしない真っ直ぐな瞳で。
真夏の向日葵のように眩しい満面の笑みを浮かべて。
美しいものを美しいと言い、美しい絵を、美しい世界を描く2人の幼い少年は、確かにこの世界に存在していた。
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