1.妻、夏のある日

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 仕返しに今年の春先、夫に黙って数百冊ある蔵書をまとめて売り払ってやった。どうせ一度しか読まないのにとっておくことなんかない。何か文句を言うかと思ったがこの時も書棚の前でしばらくぼうっと立っていただけ。「処分したから」という私の言葉に黙って頷いた。そういう態度が本当に腹立たしい。  ただ、最近になってひとついい気晴らしができた。小説の投稿だ。最初は単なるヒマつぶしのつもりだったが元々文章を書くのが好きだったこともありすっかり夢中になっている。 「さ、今日はどうやって殺してやろうかしら」  家事を終えひと息ついてパソコンの前に座る。私が書くのは殺人の話。犯人が捕まるシーンは書かない。殺しておしまいだ。それは常に犯人が私、被害者が夫だから。そう、私は小説の中で夫を惨殺してストレス解消している。ただ、あまりにも妻が夫を殺す話ばかり書いていると読者に飽きられてしまう。そこで犯人を娘や隣人にしたり、被害者を妻や息子にしたりしている。でも執筆時、私が念頭に置く被害者はあくまで夫。作中で無残に死んでいく夫を書くのは実に痛快だ。 「あ、コメントがついてる」  投稿サイトでは読者が自由にコメントをつけられるようになっている。これもまた励みになっていた。何か反応をもらうのは嬉しいものだ。最近、私の小説を読んでアドバイスのようなものをくれる人が出てきた。ここで凶器を捨てたりしたら警察にすぐにばれる、とかあの場面で毒を入れるのは無理だ、など。私はこれを大いに参考にしている。コメントをくれるのは “死神”というユーザーネームの人。“死神”はミステリー小説にかなり詳しいらしくいろんな人にコメントをつけていた。いつかこの“死神”が「完璧だ、これなら絶対ばれないにちがいない」そんなコメントをくれたら……。私はキーボードを叩きながらひとりほくそ笑んだ。
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