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(六十四歳差をなんとか乗り切ったのに、十歳差の方がはるかに緊張する)
十年も結婚生活に耐えたのだから、少しくらいの我儘は許されるはずだと、実家では自堕落な日々を送っていた。
そのすべてを取り返すかのように始まったナサニエルとの「結婚を前提とした恋人期間」は、とにかくハードで、充実していた。
「コリンは、あっという間に私よりもシルヴィアナに懐いてしまった。薄情な犬です。赤ん坊の頃から面倒を見てきたのは私だというのに」
ナサニエルは、真っ白で毛玉のような長毛種の小型犬、コリンと生活していた。世話をするのが苦ではない性格らしく、使用人の手を借りずに自分の手で成犬まで育て上げたとのこと。
仕事が無く天気の良い日は、庭に出て、気ままに走らせている。
そのコリンだが、なぜかシルヴィアナに出会うなり気を許してしまい、すぐにぐずぐずに甘えるようになっていた。
甘えた勢いで、ドレスの裾に前脚を伸ばして、走ろうと誘いをかけてくる。
シルヴィアナはいつも、最初は「そういうわけにはいかないのよ。淑女は走ったりしないの」とあしらっているのだが、そのうち根負けして、結局全力で遊んでしまう。
疲れ切ったところで、芝生に敷布を広げて休憩。バスケットに詰めてきたパンや焼き菓子を水筒の水と一緒に頂く。
その後は、「こうすると空がよく見えますよ」とナサニエルに誘われて、敷布に寝転がって空を見ながら、うたた寝。
(暗黒の娘時代を、いまになって取り返しているみたい)
十年一世代、ナサニエルとは時間がずれている。シルヴィアナが十代の頃にはこんな遊びは考えられなかったが、案外いまの若い貴族は「はしたない」などと言わずに自由に暮らしているのかもしれない。
(一度目の結婚が、早すぎたのだわ。私は何も経験しないまま、妻となった。それも、皆に見せびらかすお飾りのようなもので、窮屈なだけの暮らし。夫の言うことにただ従っていただけで、ろくな教養も身につかず、終わった後は何も残らない……。私の中身は十代の頃とほとんど変わっていない。ナサニエルには見抜かれているのかもしれない)
それならば体も十代のままなら、なんの気兼ねもなく彼を受け入れられただろうに。
無駄に歳を重ねた年長者だという思いが、振り払えない。
「眠い……。ここ数日忙しくて。私は少し寝ます。コリンも寝てる。シルヴィアナも……」
目の上に掌を置き、ナサニエルが不明瞭な呟きをもらす。すでに微睡みの中。
並んで横たわっていたシルヴィアナは、くすりと笑いをもらして「どうぞ寝てください」と言ってから、自分も目を閉ざした。
さあっと吹き抜ける爽やかな風に誘われるように、眠りに落ちた。
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