お月見の夜

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二十歳になった十五夜に、ばあちゃん家の縁側へ向かうと、二年ぶりに樹が立っていた。 昨年会えなかったことで、もう二度と会えないかもしれないという思いが心の片隅に過ったけど、それでも信じたかった。 また必ず会えると… 「たっくん…」 後ろ姿に小さく呼びかけると、樹がゆっくりと振り返る。その顔はとても穏やかだった。 「久しぶりだね、いっくん」 「そうだね。会えて嬉しいよ」 「うん、俺も嬉しい」 「元気だった?」 「うん。いっくんは、俺に会いたかった?」 「会いたかったよ。また会えるって信じてたけど、正直不安だった」 「うん、わかってる。ずっと見てたから…」 きっと、樹には俺の気持ちは全てお見通しで、俺が月に向かって「たっくんに会いたい」って願い事をしていたこともわかっているんだと思う。 今だって本当は嬉しくてどうしようもないのに、気持ちとは裏腹に体が動いてくれなくて…。 そんな俺に気づいてか、樹がゆっくりと俺に近づいてくる。 「俺に会えなくて寂しかった?」 「そんなことないし…。だって…」 「俺は寂しかったよ。ずっといっくんに会いたいって思ってた。見てるだけじゃ嫌だって思った。抱きしめたいって思った」 「たっくん…」 「やっと気づいたんだ…。俺、いっくんとずっと一緒にいたい。側にいたいんだ」 「だけど、そんなこと月の神様が許してくれないんじゃないの?」 そう問いかければ、樹は少し眉と目尻を下げたけれど、ふるふると首を横に振った。 月の世界に住むうさぎは、どんなことがあっても決してその世界から抜け出すことはできないと俺に話してくれたことがあった。 だから、どんなに願ってもずっと一緒にいることは叶わないと思っていた。 一年に一度だけ、ここでこうして会えるなら、それでも構わないと思っていた。 あの日、俺が自分の気持ちを伝えたことで会えなくなってしまったのなら、もう気持ちを伝えることはしないとさえ思っていた。 だから、また会いたい… たっくんに会わせて欲しいと、何度も何度も月に向かってお願いした。 「いっくんを好きになったから…。いっくんに恋をしたから、月の神様が俺にこう言ったんだ。『人の幸せをずっと願ってきた樹が見つけた幸せを大切にしなさい。今度はお前の番だよ』って。そう言ってくれたんだ」 「えっ…?」 「俺をね、本当の人間にしてくれたんだ」 「うそ…。そんなこと…」 「もう、月に帰らなくていいんだよ。ずっとここにいられる」 「本当に…? 本当?」 「本当だよ。だから、これからはずっと一緒にいよう。俺もいっくんが好きだから」 そう言って、樹がふわりと俺の体を包み込んでくる。 抱きしめられた温もりが一瞬で全身に伝わってきて、自然と涙が滲んでくるのがわかった。 「俺も…、たっくんが好き。ずっとずっと大好き」 「うん」 抱きしめられていた体が解放されると、頬にそっと樹の手が添えられる。 月明かりの下で俺の頬に流れる涙を拭うと、そのまま唇が重なった。 初めてのキスは少ししょっぱく感じたけれど、俺たちはおでこをくっつけたまま、照れ笑いをして手を握り合う。 「本当に月へ帰らなくていいんだね」 「そうだよ。だってほらっ、月のうさぎがみんなのことを見守ってくれてる」 「うん。月にうさぎがいる」 「だから、月の神様のくれた幸せを二人で大切にしていこう」 「そうだね。約束」 「約束」 小指と小指を月に向かってキツく結んだ。 何があっても幸せであり続けることを、今ここで誓います。 月の神様、樹を人間にしてくれてありがとう。 必ず幸せになります。 俺は、心の中で月の神様へ伝えた。
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