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(朝・・・か)
明るくなった窓をぼんやり見つめ、陽が昇ったことを認識する。あまり眠れた気がしないが、重い体を起こし洗面所に向かう。
朝食の準備・・・(といってもコンビニで買ったおにぎりとインスタントの味噌汁だけ)をしながらも昨日の出来事を頭の中で反芻する。
(なんだったんだろうな、あれ・・・)
何か手がかりはあるだろうか、とPCを立ち上げる。
インターネットのトップには、ちょくちょく見かけるようなニュース記事が立ち並ぶ。
『てんかんか?車が歩道に突っ込み死傷者多数』
『M病院、麻酔の量を誤り心臓手術の少女昏睡状態に』
『高校教諭また痴漢。今度はあの有名校』
こういう自分で気をつけても防げない事故は運が悪いとしかいいようがない・・・。そんな事を思いながらニュース記事を読み漁る。
ざっと目を通したところ、手がかりになりそうな記事はない。どうしようかと悩み始めてすぐ、一つの可能性が思い浮かんだ。
(もしかしたら女子高生の間で、ああいうイタズラが流行っているかもしれないな)
早速適当な検索ワードを打ち込む。だが何回か試してみてもそれらしき情報は出てこない。
変に頑張るのが無駄に思えてきた。それによく考えたらストーカーっぽくはあるが今のところ実害があるわけでもないし、たまに様子を見に来ると言ったものの、また会うと決まったわけでもない。
ポジティブに考えて気持ちを切り替えた。
今日はバイトも休みなので昨夜できなかった分、勉強に精を出すとしよう。
「んー・・・」
二時間ほど経っただろうか。
軽く伸びをしてコーヒーを胃袋に流し込む。
(気分転換に本屋にでも行ってついでに昼も済ませるか)
そう思い立ち、すぐに支度を済ませる。
玄関を出ると柔らかい陽光が降り注いでいた。足取りも軽やかに、歩いて十分程の本屋に向かう。
バイト先とは逆方向にあるので帰りに寄れないのは残念だが、これだけ近い距離なので文句は言えない。
少し歩いたところで大きな公園が見えてくる。ここの公園を通り抜けるとちょっと近道できるのだ。
そして公園の入り口にさしかかったところであの声が聞こえた。
「こんにちは」
出た。
透き通るような白い肌、白いワンピースに映える綺麗な黒髪。自称死神は昨日の今日で早くも現れた。
忘れかけていたところだったが見事に心を折られる。
「あー、今出た!とか思ったでしょ?失礼だなあ、私はお化けじゃなくて死神なんだから」
どっちも似たようなものだろう、と心の中で突っ込んでおく。
しかしそれよりも恐ろしいものを感じた。今は平日の午前十時半頃。学生だったら、この時間に私服で外を出歩いていることは普通じゃない。
それに昨日出会ったバイト先とはまるで逆の方角なのだ。家から出てわずか数分で出会うことが、果たして偶然と言えるのだろうか・・・。
「まだその設定続いてるのか」
動揺を隠しつつ、歩きながら話す。
「設定じゃないってば!」
すぐに強い反論が返ってくる。僕は面白半分に話を合わせてみる。
「ところで君の姿は僕にしか見えないのか?もしそうだったら、独り言を言ってる可哀想な青年に見られるんだけど」
まともな答えが返ってくるとは期待しないで聞く。
「んー、なんて言えばいいのかな。見えているけど見えていない?」
昨日みたいに知らない、わからないよりはマシだったものの、答えにならない答えが返ってきた。だがすぐに女の子は言葉を続けた。
「普段は意識できないって言うのかな?ほら、すっごい影の薄い人っているじゃない?あれみたいな感じかな。さっき義隆君が言ったみたいに私と話しているところを第三者が見たときはちゃんと見えているみたいだから安心してね。」
想像してたより具体的な回答に少し驚く。
「へー、随分具体的な設定を作ってるんだな」
存分に皮肉を込めて言う。
「まあ信じてくれなくても、私が死神だという事実は変わらないからいいですよーだ」
あ、拗ねた。正直ちょっと可愛いと思ってしまった。
「あっ!」
そろそろ公園を通り抜けようかというところで、女の子は公園の隅にある花壇に駆け寄った。
色とりどりの花が咲く中、ちょこんと座って綺麗なオレンジ色の花を指差して話し始めた。
「この花知ってる?マリーゴールドっていうんだよ。私が好きだった花なんだ」
好きだった?そんな言葉を飲み込み、女の子の次の言葉を待つ。
「でね、この花を好きになった理由がね。今思うと笑っちゃうんだよ。もちろん花自体が綺麗っていうのもあるんだけど、自分と同じ名前だったから、ってちょっとおバカな感じだよね」
(!?)
やっとパズルのピースを一つ見つけられた気がした。
どう見ても日本人だし、ハーフってわけでもなさそうだからマリーってことはないだろう。
つまりこの子の名前は「マリ」っていう可能性が高い。そして好きだった、ということは死神は元々人間だったということか・・・?
「それでマリはいつ頃からこの花が好きなの?」
できるだけ自然に会話する。
「マリ?誰それ?」
しかし見事にかわされてしまった。
「あーだめか。ちょっとカマをかけてみたんだけどな。・・・死神だけに」
最後はちょっと小声で言った。
「あはは、義隆君おもしろーい」
予想外にも褒められてしまって逆に恥ずかしくなってきた。
「でもマリ・・・マリ、か。いい名前だね、それ。君って呼ばれるのもなんだし、それが私の名前でいいよ」
なんとも軽いノリで自分の名前を決めてしまった。まあ本人の了解も得たし、これからはそう呼ばせてもらおう。
「さてと、義隆君の用事を邪魔しちゃ悪いし、そろそろ帰ろうかな」
まるでこれから僕が何をしようとしていたのか知ってるような素振りで話すマリ。表情はどこか満足気だ。
「いや、別に邪魔ってほどじゃないけど」
昨日はもう会いたくないと思っていたはずなのに、自然とそんな言葉がついて出る。
すると彼女は少し驚いた表情のあと、満面の笑顔で答える。
「ふふっ、義隆君って優しいんだね。でも昨日みたいに嫌われないうちに帰るね」
「・・・そっか」
マリの笑顔にいいようのない感情を覚える。
「じゃあまたね」
軽く手を振りながら小走りで去るマリに、僕も手を振り返す。
数秒の間、ぼんやりと彼女の去った方向を見つめ放心状態になっていた。ぶんぶんと首を振り、正気を取り戻す。
予定通り本屋に行ったあと、適当に昼食を済ませまっすぐ家に帰る。再び淡々と勉強を始めるも、午前中ほど捗らない。
(今日はだらだらして過ごすか・・・)
勉強を諦めて、撮りだめしておいた番組を見ることにする。寝不足なのもあってか途中で寝落ちしてしまい、起きたらすでにいい時間だった。
この時間から何かする気にもなれなかったので、軽く腹に何か入れてから風呂に入り、再び眠りにつく。
あれだけ寝たあとなのに不思議なほど寝つきはよく、意識はすぐに遠のいていった。
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