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「お疲れさまでーす」
「桜木君お疲れさまー」
デパートの一角にある惣菜屋のバイトを始めておよそ1ヶ月。
ようやく仕事も板についてきて、遅番を終えたところで帰宅の途につく。
僕、桜木義隆は今年の4月から華やかなキャンパスライフを送っている・・・予定だったのだが、現実は厳しく現在一浪中で勉強とバイトに明け暮れる日々を送っている。
一人での生活に早く慣れておこうと実家から百キロほど離れている希望の大学のそばに引越してきたので、友達や知り合いとほぼ会うことがないのが寂しいが仕方ない。
最初は少し緊張した従業員出入り口を悠々と通り抜け、今日の夕食を何にしようか考えながら歩き始める。
一人暮らしを始めると親がいるありがたみというのを痛いほど感じるものだ。
バイト先は家から徒歩15分ほどの距離で、途中にスーパーやコンビニもあるので食には困らない。
「今日はほとんど惣菜の売れ残りなかったしコンビニ弁当でいいか・・・」
そう、たくさん売れ残りが出たときはもらえることがあるのだ。
あいにく今日はほぼ完売となったため、適当に済まそうと思案する。そんないつも通りの1日を過ごそうと思っていた矢先。
「こんばんは」
不意に横からかけられた女の子の声が「いつも通り」をかき消した。
肩ほどまであるサラサラと綺麗な黒髪に白いワンピース、薄明かりでもわかるほどの透き通った白い肌。男が十中八九は可愛いと答えるであろう容姿の女の子。
彼女どころか女友達と言える知り合いすらほとんどいない僕だが、面識がある可能性を考え言葉を選ぶ。
「えーと・・・どこかで会ったことありましたっけ?」
見た目は15、6歳といったところで明らかに年下だが一応敬語で対応する。
すると女の子は質問には答えず、予想だにしないことを言い放った。
「迎えに来ましたよ、義隆君」
「・・・は?」
自分でも間抜けだと思うような変な声が漏れた。
自分の名前を知っている不気味さもさることながら、発言の意味がまるで理解できず思考を停止したくなった。
しかし女の子は追い打ちをかけるように言葉を畳みかける。
「私、死神なんです!」
「・・・」
(あーそうか。暖かくなってきたからちょっと頭が残念な人が増えてきたんだな・・・)
そう自分に言い聞かせ、納得するように頷く。
これが男だったらすぐに無視して逃げただろうが少しだけつっこんでみる。
「へえ、今時の死神は足がちゃんとあるんだな。鎌はどっかに忘れてきたのか?」
小馬鹿にするように聞いてみる。
「それは人間が勝手に作り上げたイメージです!まあ死神って言っても、私が直接何かするわけではないので安心してくださいね。義隆君の『その時』が来たときの案内人みたいなものですから」
こりゃだめだ。どうしたものかと思案する。
「んーどうしよっか。警察に行くにしてもなあ・・・」
独り言みたく呟いてると。
「だーかーらー、私は死神なんですって!」
設定を変える気はないらしい。このまま無視してもよかったのだが、とりあえず普通の質問をしてみる。
「君、名前は?」
僕の名前を知っているんだから、こっちも知る権利くらいあるだろう。
「名前・・・?んーと、なんだっけ??」
やばい、これは強敵だ・・・。半ば諦め気味に次の質問をする。
「じゃあ住所は?まさかホームレスってわけじゃあるまい」
なんだか迷子の子供を保護した警備員の気持ちが少しわかったような気がした。
「住所?ええと、どこだっけ・・・?」
まあ予想通りの答えである。
「じゃあなんで僕の名前を知ってるんだ?」
一番知りたいことを聞く。
「んー、なんでだろう??」
女の子は人差指を口に当て、空を見上げて自問自答する。
こうなると何を質問してもまともな答えが返ってきそうにないので、ダッシュで帰ろうと思った時。
「まあ今日はとりあえず報告に来ただけだから、また時々様子を見に来るね。それじゃあおやすみなさい」
言いたいことだけ言って嵐は去って行った。
「なんだったんだ、あれ」
イタズラにしちゃどこか雑だし、まさかナンパ・・・?いや、それはないな。
あまりにも謎が多く、考えながら歩いていたら弁当を買う予定だったコンビニを通り過ぎてしまった。
慌てて引き返し、無事夕飯を手にしたところで家路につく。
いつもより少しだけ遅い夕飯を食べながら、引き続き答えが出そうにない疑問に思考を巡らせる。
何故僕の名前を知っていたのか?
あの子が本当に死神だった場合僕はもうすぐ死ぬのか?
そもそも死神なんてものが存在するのか?
正直もうあの子に会いたいとは思わないが、本人に聞かない限りわかりそうにない。
(会話が出来ないわけじゃないし、今度また会ったときに手がかりになりそうなこと聞いてみるか・・・)
会いたくはないが多分また会える。そんな気がしてならない。
味なんてわからない弁当を食べ終える。
夕食後に勉強を始めるがいまいち捗らない。原因はわかってる。今日は風呂に入って早めに寝ることにしよう。
布団に入ってもすぐには寝付けなかったが、ずっと目を瞑っていると次第に意識は遠のいていく。
あの子との1、2分のやりとりが全てに感じた1日が終わった。
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