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「今日は助かったし、楽しかった」
薮内が千奈のマンションまで送ってくれて、言う。
「私もです。それにまたご馳走になっちゃって……」
礼を言うと、それくらいさせて、と言われた。
「千奈も残業続きだったろ。女の子をあんまり遅くまで拘束するの、どうかなって思ってるんだよ。千奈は俺が送ってやれるから良いけど、他の人たちは大丈夫なのかな……」
薮内はやさしくて気が回る。恋人の千奈だけでなく、千奈の同僚たちにも心を砕いてくれているのは普段から感じているので、それが千奈にとっては嬉しかった。
「薮内さんが声掛けしてくれるから帰りやすいって皆言ってますよ。早紀なんて小森さんを放っておいて毎日定時で帰ってるから」
「小森は遅くに帰ってきても大概事務の仕事はなさそうだからな。そう言う意味では、俺は千奈に迷惑かけてるのかな」
ははは、と笑う薮内に、仕事が出来るってことは良いことじゃないですか、と応える。
「課長も薮内さんの成績に期待してるし、そのお手伝いが出来るのは、私、嬉しいですよ。それに、一緒に帰れるからこうやってご飯もご一緒できるし」
微笑んで言うと、そう? とまんざらでもない様子になった。
「かわいいこというなあ、千奈は。帰りたくなくなるじゃないか」
そう言って薮内は千奈の頬を包むとおでこにちゅっとキスを落とした。そのまま手が頤を支える。間近で見る薮内の目は何処か熱を帯びていて、でも同時にそれを自制している葛藤の表れた、抱きしめたくなるほどいとおしい顔をしている。
ああ、こういうところ、好きだなあ……。
常に千奈に対して誠実で、やさしくて、……でも同時に時々男であるこの人のことが。
千奈がそんな風に感じていると、薮内はすっと千奈から一歩距離を取って、名残惜しそうな顔で言った。
「あんまり話してると、本当に帰りたくなくなるから、もう帰るよ。戸締り、きちんとしてね」
「はぁい」
明日も仕事がある。きっと週末は会えるはずだから、今日はこの辺でやめておこう、そう言うことなのだろう。千奈は薮内がエレベーターに乗り込むのを確認して部屋に入った。
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