幸せの絶頂

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* 「明日? 明日は、うーん……、ちょっと用事があってさ」 翌日は準備した資料も役に立ったみたいだったし、ちょっと機嫌よく会社に帰って来たので、昨日のお返しということで千奈が食事に誘った。二人ともいい感じでアルコールが入って、ふわふわと良いムードになって帰り際に甘えたい気持ちになって、週末に何処か出掛けないかと誘ってみたら、そんな風にやんわり断られた。薮内にしては珍しく、ちょっと応えるのに考えるような、視線を泳がせる仕草をした。 薮内はその外見と仕事の成績で部内でも人気がある男性だ。千奈が想いを告白するのを躊躇う程、千奈の知る限りずっと会社の女の子たちの告白を断って来た。だから彼から告白されたときに、千奈は驚きと嬉しさで泣いてしまった。それが薮内に強烈な印象を与えてしまったようで、交際を始めてからは千奈が不安にならないようにいつも言葉を尽くしてくれていた。 そんな中でも、千奈に説明するのには遠すぎる関係の人のことは(例えば学生時代の友達のことだとか)今日みたいに大まかな事しか教えてくれなかったけど、でもそれは詳しく説明する必要がない関係だから大まかな説明になるのであって、今のちょっとした『間』は、どう説明すべきか、という関係を思い出したからという感じではなかった。むしろ『用事がある』ことをどう説明すべきか、ということを考えた間であるような気がした。 薮内は仕事でもプライベートでも自分の考えていること相手に伝えようと真っすぐ言う人だ。それで課長の信頼を得ているし、同僚からの好感度も高い。その彼が、恋人である千奈にそういう言い方をするということは、今まで経験がなかった。 「なにか、……言いにくいことだった?」 千奈は薮内を相手に初めて彼を試すようなことを言った。薮内は大したことじゃないよ、と笑った。 「明日は駄目だけど日曜なら良いよ。日曜にしないか?」 しかし代案を出されて千奈はあっという間に機嫌が直った。なんだ、用事の翌日に会おうって思うくらい、千奈が気にすることじゃないんだ。 「うん、じゃあ日曜」 「昼くらいで良い? また明日連絡入れるよ」 「うん、待ってます」 ポンポンポン、と約束をすることが出来て、千奈はもう何も疑わなかった。恋人に説明しにくいこともあるよね。男同士の、なにか特別な話なのかもしれない。千奈も友達の悩みを聞くために時間を空けたりすることがあるから、そういう、人には言わないで、って言われるような、そんな相談事なのかもしれない。それは薮内がその人に信頼されている証だから、千奈が不安に思うようなことは何もない。薮内はやっぱり千奈をマンションまで送ってくれて、玄関の前でキスをした。
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