事件の鍵

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事件の鍵

「今どこにいるの?」 「何? もうすぐ自宅に着くけど?」 「前に言っていたストーカーっぽいヤツが双眼鏡で見てるから気をつけて」 「ええ?! キモいんだけど……あっ!」 その時、目の前の交差点から中肉中背の男性が急に飛び出し、私に向かって走って来た。 ガッ 「痛~い……」 咄嗟に避けようとしたけど、少し右肩が当たり、男性は振り返る事も無く走って行った。 「どうかした?」 「最悪……ぶつかって来たのに謝りもせず走って逃げたヤツがいるのよ」 「最低ね……」 午後5時半、いつものように仕事を終え、同僚と電話をしながら1Kのアパートに帰宅した。この辺りは街灯も少なく薄暗い為、変質者出没の話もよく聞くし、先程のような変なヤツも時々いる。更に、ストーカーと言うか覗き魔と言うか、高そうな双眼鏡でこっちを見ているヤツを時々見かける。さっき、友達が言っていたヤツと同一人物かも知れない。私が目的じゃない可能性もあるけど、気持ち悪いから部屋のカーテンは、ずっと閉めっぱなしだ。 私は工場に勤めて7年目で24歳彼氏無し。ソコソコの見た目と大人しそうな雰囲気から、会社の男性からデートに誘われる事も多々あるけど、うちのレベルの会社の男性に興味が湧かない。お金が全てじゃないけど安月給過ぎるのはキツい。 仕事もマンネリ化してきて面白くなくなってきた。ただ、仕事仲間の女性達とは仲が良く、いつも上司の文句を言って盛り上がっている。上司達は仕事も出来ず使えないと思っているけど、私達の結束力と話題作りに一役買ってくれていると、良いように解釈している。 玄関のドアを開け靴を脱いだ後、手を洗おうと洗面台に行き鏡を見ると、先程ぶつかった右肩が汚れていた。 最悪……何なのマジで……この服お気にだったのに……。 ピンポーン インターホンが鳴った。私を含め、現代の人はインターホンが鳴ると出るのが億劫(おっくう)と感じる人が多いと思う。もちろん、何かを頼んだというようなハッキリとした理由があれば別だけど、新聞や宗教の勧誘みたいなモノも多いし、そもそも、この辺りは治安が良くない。 「は~い」 私がドアの穴(ドアアイ)から覗くと、眼鏡を掛けた小太りの男性がスーツ姿で立っていた。 「私、こういうものです」 男性は警察手帳のようなものを開いて見せたので、私はビックリしてドアを開けた。 「何か事件ですか?」 「ええ、少しお部屋でお話しても宜しいですか?」 「はい、散らかってますけど……」 私は男性を部屋に入れた。 10月も後半に差し掛かり、随分涼しくなってきたと感じてきたけど、男性は、かなり汗をかいているように見え、息も切らしている。走って来たのだろうか? スーツもヨレヨレで刑事にしては格好良くない。刑事ドラマによる偏見かな。 「先程、引ったくり事件がありまして……容疑者と思われる男をこの辺りで見たという情報があったんです。(しばら)く、ここから監視させてもらっても構わないでしょうか?」 「はい、協力させてください」 「ありがとうございます。お姉さんは、ゆっくりなさってください」 少し前にも近くの公園裏で引ったくり事件があったばかりだ。この辺りでは夕方になると薄暗く、引ったくり犯の格好の的なのかも知れない。 私はキッチンへ向かい、夕食の準備を始める。と言っても気になって料理どころではない。何故なら、私にぶつかって来た男が引ったくり犯の可能性があるから……。でも、先程の話では容疑者は絞り込めている様子だったから、余計な事は言わなくても良いのかも知れない。 取り敢えず、お米を研いで炊飯器の電気を入れた時、今の状況が色々変だと気付きゾッとした。 まず、第一印象として彼が刑事っぽくない事が最初の違和感だった。更に、引ったくり犯を捕まえる為に関係の無い人の家で監視なんてするだろうか? もしかすると、さっき私にぶつかって来た男が、私に引ったくりの現場を見られたと思って……。でも、顔は覚えて無いけど、小太りじゃなかったような気がする……。あれ? それより、双眼鏡の覗き魔が彼のような見た目だったんじゃないかしら? でも、警察手帳を……あっ! 私は少し前の事件を思い出しスマホで調べる。すると、半年前に警察手帳を偽造して捕まった少年の事件があった。今回、彼は警察手帳を一瞬しか見せていない。偽造だとバレない為なのかも知れない。もう1度警察手帳を見せてくれなんて言うと、犯人だった場合、逆上する可能性がある。 私は一気に体温が上がり、汗が吹き出してきた。 警察へ電話する方法は……。 私は暫く考えた後、妙案を思い付いた。今、普通に電話をすれば声でバレてしまうけど、大きな音を出せば彼に聞こえないと判断し、洗濯機を回して音をかき消そうと思った時だった。 「ええ、ええ、捕まった? 分かりました」 ん? 「犯人が捕まったようです。御協力ありがとうございました」 「……あ、そうなんですか? 良かったです」 「それでは失礼します。忙しい時分、お邪魔しました」 「いえいえ、御苦労様です」 彼は深く頭を下げた後、部屋を出ていった。 結局、私の勘違いかとホッとすると同時に申し訳無い気持ちで一瞬、胸が一杯になったけど、まあ良いかと夕食の準備を再開した。 今回は本物だったみたいだけど、偽造も簡単に出来ちゃう時代だから、これからは注意しないと……。 翌朝、昨日のニュースが気になりスマホで調べる。 あれ? おかしいな。引ったくり犯が捕まったってニュースは(おろ)か、引ったくり事件のニュースも無いなぁ。 会社へ行く時間になり、バタバタと焦りながら玄関へ向かう。いつも、5分だけ早起きすればゆっくり出来るのに、5分前に目覚ましをセットしても結局2度目のスヌーズまで寝てしまう。 玄関に置いてあるマスクを1つ取って部屋を出ようとした時、玄関のキーホルダーに掛けておいた合鍵が無いのに気が付いた。 あれ、合鍵無いじゃない! どこに落としたのよ? 私は遅刻が気になり、合鍵を探す事無くアパートを後にした。 了
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