06

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どんなものに仕上がっているのだろうと、期待と緊張で唾を飲み込む。ふぅ、と小さく息を吐き、表紙を開いた。 目に飛び込んできた写真に、俺は釘付けになる。 「やっぱすごいな、明……」 撮る写真が大人っぽい雰囲気になるのは、撮影時になんとなくわかっていた。しかし、いざ出来上がったものを見ると、セクシーで艶やかな空気感は想像以上だ。 特にこちらを向く明の、色っぽい挑戦的な目は、写真なのに見ている方が照れてしまうほどだった。 「ん? これ……」 ぱらりとページをめくると、また違う明の表情が見える。カメラにではなく明が抱きしめている体、つまり俺に向けられた顔は、どこか焦がれているように見えた。 切なげで甘ったるい瞳に、壁に追い詰められた日が自然と頭に浮かぶ。 撮影中はただ息を詰めて立っていたけど、こんな目で見つめられていたのか。写真を見て知った事実に、何故か体温が上昇していく。 頬が熱くて、俺は手の甲を顔に押し付けた。 「あ、そうだ」 さっき聞いた、明は密着する撮影を嫌い、顔にも出てしまうという言葉を思い出す。 俺は立ち上がると、明に見つからないようにしまっていた雑誌を数冊持ってきた。 明が他のモデルと密着している写真と見比べてみると、確かに表情が少し違う気がする。 写真に詳しいわけではないから勘違いかもしれないけど、俺と一緒の写真の方が、なんというか、自然な感じがした。取り繕っていないというか、視線や表情に素の部分も見える気がする。 あの日は不安が大きかったけど、俺、ちゃんと役に立てたんだ。 湧き上がる喜びに浸ろうとした時、テーブルに置いていたスマートフォンが音を鳴らす。 事前に設定しておいたアラームは、アルバイトの時間を知らせるものだった。 「うわ、やべっ」 アラームを止め、そのままスマートフォンをポケットに突っ込む。慌ててリュックサックを掴んだ俺は、テーブルの上を片付けることもせず、部屋から飛び出した。 疲れで重くなった腕を持ち上げる。ドアノブを捻ると、玄関にオシャレなスニーカーがあった。 俺の物ではなく、明がよく履いているスニーカーだ。 「ただいまー」 「あ、おかえり」 「明、帰ってたの、か……」 おかえり、と言った明は、テーブルで何かを読んでいた。 帰った部屋に明がいたことを嬉しく思っていたが、手元を見て思考が止まる。 明は俺が片付け忘れた雑誌を眺めていた。 まずい、本人に雑誌を集めていることがバレてしまった。なんて思われるだろうかと俺は焦る。 しかしそんな俺とは反対に、明は弾けそうな笑顔を向けてきた。 「こんなに俺の仕事チェックしてくれてたんだ」 「あ、あぁ……隠してて悪かった」 「ううん。成海くん、変なとこ恥ずかしがるもんね」 「なんだそれ……」 本人にファンだとバレるのが恥ずかしいのは、どうやらお見通しだったらしい。 変なところを恥ずかしがると言われて少し面白くない気もしたけど、これなら隠す必要もなかったかもしれない。 引かれなかったことに安心して、小さく息を吐いた。 「スキンケア系も俺が関わったとこの使ってくれてるもんね」 「あ、そうか、そこは盲点だったわ」 雑誌は隠したけど洗面所に置いている物はそのまま使っていた。もしかしたら早い段階で気づかれていたのかもなと思いながら、明の隣に座る。 少し距離をあけたのに、大きな体はすぐに寄ってきた。 「成海くん、肌きれいだよね」 「え? そうか?」 「うん、そうだよー」 明の人差し指が、俺の頬をなぞる。あまりに突然のことに、息を止めた。指がゆっくりと顎のラインを移動し、ぞわぞわとする。 俺の顔を覗き込む明に、撮影時の「俺のことだけ考えて」という声を思い出す。 あれ以降、ふたりきりになるとどうしても意識してしまった。明の指が触れたところが熱い。 「……あ、今日差し入れで美味しそうなパンたくさん貰ったんだ。成海くんも一緒に食べよ」 「お、おう……さんきゅ」 変わった話題とともに明の体が引かれる。そばに置いていた紙袋から、いくつもパンを取り出した。 明に隠れて、俺は自分の頬をそっと撫でる。 すぐに離れた指を、名残惜しいと思ってしまった。 「成海くん、そっち行っていい?」 「ん? ……うん」 初日以降、ふたりとも就寝のタイミングが同じ日は、自然と一緒にベッドで寝るようになっていた。 いまだに気恥しさが大きいけど、それ以上に俺は喜びを感じている。 同じベッドで寝るということは、明は昔と変わらずに俺に気を許してくれているのだろう。それに明の体がそばにあると、俺はどきどきとすると同時に安心した。 こっちに擦り寄ってきた明が、いつものように俺の腹に手をまわす。しかし今日は足の間にも足を差し込まれ、ふくらはぎに明の足が絡まった。 いつも以上の密着に、俺は内心慌てる。こんなの、普通の友達だといえるんだろうか。まるで恋人と寝ているみたいじゃないか。 呼吸は浅くなり、自分の心音がうるさかった。 「……成海くん、眠れないの? ここ、どきどきしてる」 「っ」 腹にあった手が移動し、今度は胸に置かれる。大きな手は俺の心音を確かめるかのように、じっと動きを止めた。 痛いくらいにどきどきしていることがバレてしまい、恥ずかしさが込み上げる。それでも明から離れようとは思わなかった。 「なんか、緊張して……」 「大丈夫、リラックスして。ここには俺と成海くんのふたりだけ」 それが原因なのだとは言えずに、俺は目を閉じた。暗闇の中、触れている明の熱を感じる。 俺を落ち着かせるように、置かれていた手が胸をさすった。 「ゆっくり呼吸して……そう、じょうず」 耳元で優しく囁かれた声。あ、まずい、と思った。 俺の体は一瞬で熱くなり、腹の奥がむずむずとする。胸を掻きむしりたくなる衝動に襲われた。 微かに熱を宿してしまった下半身に、明への気持ちをもう自分に隠せなくなった。 本当は、子供の頃からこの想いはあったのだ。でも今更認めるのが怖かった。明はきっと、俺のことを兄のように思っているだろうから。 俺は器用じゃないし、一度好きだと認めたら、以前のようには振る舞えない。 「どう? 落ち着いた?」 胸に置いてある手に俺は手を重ねる。初めて自分から明に触れた。 明の質問には答えずに、俺はひとつの疑問を確かめる。 「なぁ、あっちでもこうやって誰かと寝てたのか?」 「……え?」 「いやほら、恋人とかとさ……」 明は俺のことをどう思っているんだろうと考えるときはいつも、俺を撮影に誘った明の、「家族とか親しい人ならいいって言われてる」という言葉を思い出した。 明は家族だと思っているから俺と密着しても平気なのか? こうやって抱きついて寝る相手は、俺だけじゃないのか? 明が俺に甘ったるい視線を向けたり、密着する度、いるかどうかわからない明の恋人が脳裏に浮かんでいた。 「……」 俺の問いに、しばらく明は口を開かなかった。 プライベートをあまり公表していないから、きっとそのあたりを聞かれるのは嫌なのだろうと予想はついていた。 突然の個人的な質問に、怒っただろうかと不安になる。しかし、たとえ怒らせたとしても、ハッキリと聞いておきたかった。 いつの間にか口の中がからからに乾いている。
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