09 番外編

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09 番外編

隣を歩いていた体が止まる。なんだ? と思っているうちに、ねぇ、と肩に手を置かれた。 「あれ、俺だよね?」 「あ、ほんとだ。そういえば今日から広告掲載が始まるって載ってたな」 「え、そうだっけ? 忘れてた」 ホームと線路の向こうにある大きな看板。そこには、炭酸水を豪快にあおる明がいた。 オシャレなモノクロ写真の隅には、炭酸水の商品名が書かれている。 「え、てか本人じゃん……やば」 「えぇー、今さら?」 看板と隣の明を交互に見ては興奮する俺に、可笑しそうな笑い声が返ってきた。 「あ、そうだ、成海くん写真撮ってくれない?」 差し出されたスマートフォンを俺は反射的に受け取る。遅れて、え? と聞き返した時には、明は看板をバックに立っていた。あまり乱れていない髪を手で整える。 「え、撮るの俺でいいの?」 「うん、上手く撮ってね」 かけていたサングラスをはずした明は、看板の写真と同じように首を反らした。右手を持ち上げ、ペットボトルをあおっている真似をする。 駅のホームにはちらほらと人がいるけど、端の方で話す俺たちのことは誰も気にとめてなかった。 けれど素顔を晒す明に、俺はハラハラとする。早く撮らなきゃと急いでカメラを起動した。 「じゃあ撮るぞー」 「うん」 小さなシャッター音とともに、明が切り取られる。いつもプロに撮られている明を自分が撮るのは不思議で、少し恥ずかしい。 明は嬉しそうに笑いながら、俺からスマートフォンを受け取った。 「ありがと、成海くん」 「おー……俺も撮ろ」 明が写真チェックをしている横で、俺もスマートフォンを構えた。看板にカメラを向け、角度を調整し、一瞬息を止める。 今だ、とタップする寸前、画面の端に明が映り込んできた。あ、と短く声を出す。 「入っちゃった。ダメだった?」 「いや、逆にありがたい……壁紙にしようかな」 「えー、じゃあふたりで撮ろうよ!」 ほら、と手招きをし、俺を誘う明。本格的な撮影はしたのに、そういえばふたりで写真を撮ったことはなかった。 嬉しさと照れ、少しの緊張を抱きながら看板を背に、明の隣に立つ。すると自然に、大きな手で肩を引き寄せられた。 腕をのばした明が、いくよ、と合図し、内カメラの画面をタップする。 「うわぁ、なんか恋人っぽい」 「え? あ、たしかに」 「成海くんに送っておくね」 「さんきゅ。俺も一応さっきの写真、明にも送るな」 メッセージアプリの通知音が鳴り、さっそく明から写真が送られてくる。そこにはモノクロの明、優しい笑みを浮かべる明、緊張しながらもはにかむ俺が映っていた。 冷房の効いた涼しい部屋でスマートフォンを弄る俺に、隣の体がのしかかってくる。しばらく静かだった空間に、明の甘えるような声が落ちた。 「成海くん、何見てるの? ……あ、俺だ」 「んー、うん」 俺の体に寄りかかる明は、かまって欲しいと全身で伝えてくる。なんか本当に明の恋人になったんだなと実感して、不意に首が熱くなった。 しかし明は気づかなかったようで、隣から俺のスマートフォンを覗き込んでいる。 「さっきの写真、投稿したんだな」 「うん。なんかいつもより、いいねが多いよね?」 「あ、ほんとだ」 明のSNSには、さっき撮ったばかりの写真が投稿されていた。明に頼まれて撮った一枚と、俺が構えていたところに映り込んできた一枚だ。 明が言う通り、投稿したばかりだというのに、リアクションの伸び方がいつもより大きかった。 何が普段と違うのだろうかと、コメント欄をタップする。 たくさんの中の一部を見ただけで、すぐに理由がわかった。 『二枚目のAKIの表情、珍しくない?』 『こんなにオフショっぽい写真初めて』 『誰が撮ったんだろう。プライベートだよね?』 見慣れてきていた、年相応な笑顔。明の恋人である俺には当たり前でも、AKIのファンには珍しいものだ。それを理解すると、俺は静かにスマートフォンを置いた。 「ていうか、俺、成海くんのアカウント知らないよ? 俺もフォローしたい」 「まずいだろ、どう考えても」 「えぇー……え、どうしたの? 顔、真っ赤だよ」 「どうもしてない」 「よくわかんないけど勃っちゃった」 「は?」 たしかに顔が熱い自覚はあった。寄りかかっていた明が俺の顔を覗き込んでくる。 恥ずかしくて視線を外した俺に、明はさらに顔を近づかせた。 「恥ずかしがる成海くんを、もっとよく見せて」 「っ、ん」 囁かれた艶っぽい声が、俺の身動きを封じる。すぐに俺の唇は、スイッチが入ったらしい明に食べられてしまった。
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