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11 番外編
「ドバイ行かない?」
現実味のない言葉に、一瞬呆気に取られた。
「……面白いな」
「え? あ、冗談じゃないよ」
冗談じゃない。ということは、本気で訊いているのか。そうは思ってもやっぱり現実味はなくて、行くとも行かないとも言えなかった。
「あ、ごめん、休憩終わるみたい。また連絡するね」
「あぁ、頑張れ」
数秒経つと、通話終了の音が鳴る。それを聞きながら、俺の頭からはドバイという短くも強烈な言葉が離れなかった。
ブブ、と震えたスマートフォンがメッセージを知らせる。箸で唐揚げを口に運ぶとアプリを開いた。
「は?」
表示された写真に呆気に取られ、思わず箸を置く。混んでいる食堂で、俺だけが目を点にしていた。
写真をもっとよく見ようと目を凝らした瞬間、またスマートフォンが震える。画面から写真が消え、よく知る名前が表示された。
急いで唐揚げを咀嚼し飲み込むと、スマートフォンを耳に当てる。
「もしもし?」
「おはよう、成海くん……ってそっちはお昼か。いま送った写真見た?」
「見たけど、ほんとに冗談じゃなかったんだな……」
「うん、母さんと楽しんでるよ。今度は成海くんも一緒に行こうね」
明から送られてきた写真は、砂漠で母親と楽しげに笑っているものだった。
ドバイといえば洋画やアーティストのMVでしか見たことがないため、写真を見てもまだ理解しきれていない。
「お土産何がいい?」
「え、うーん……じゃあ、ラクダ」
「え? そんなの連れてたら税関通れないよ」
「……飛行機で連れ帰る気かよ」
ラクダと言った俺にすぐに笑い声が返ってくると思っていた。しかし返ってきたのは正論で、俺の方が困惑する。
ラクダを連れて空港に居る明を想像し、俺は堪えきれずにふきだしてしまった。電話の向こうで少し面白くなさそうな声がする。
「これは免税店で見つけて買っちゃった。俺も自分用に買ったからお揃いだよ」
「さんきゅ。……でも高そうだな」
広いとは言えない部屋にたくさんの紙袋が並べられている。大きなトランクから次から次に俺へのお土産が出てきた。
明が持っている高級ブランドのシャツの他に、ドバイで買ったナッツ類、チョコレート、そして明が住んでいる地域の菓子まである。
金額を考えると少し恐ろしくなったけど、笑顔で袋を開けていく明に、何も言えなかった。
「あとは……あ、そうだ、頼まれてたラクダ!」
「え?」
今日一番の笑顔で、明は何かを取り出す。袋から出てきたのは、手のひらサイズの置物だった。
「残念ながら本物じゃないけど、可愛いよね」
「ほんとに買ってきてくれたのか」
白い陶器のラクダがテーブルに置かれる。味がある穏やかな顔を明の指が撫でた。なんだか気持ち良さそうにくつろいでいるように見えてくる。
「これで全部かな。……ごめん、いっぱい買いすぎちゃった」
「いや、嬉しいよ。でもまぁ、次からはこんなにいいからな。俺は明と会えるだけで嬉しいし」
部屋を見渡してさすがに多すぎると気づいたのか、明から笑顔が消え、しょんぼりと肩が落ちる。恋人に喜んで欲しい気持ちもわかるから、苦笑しつつ明の頭をくしゃりと撫でた。
「じゃあまずはチョコ食おう。あ、せっかくだしこの茶葉も使ってみるか」
ドバイ土産の紅茶を手に取る。鮮やかなパッケージには見慣れない文字が書かれていて海外を感じた。
お湯を沸かすため立ち上がろうとする。しかし明に手首を握られ、何故か阻止された。
「まって成海くん」
「あ、コーヒーのほうがいいか?」
「ううん、そうじゃなくて……その前に、キスしたい」
「え……っ、ん」
俺の唇にかぶりつく明によって呼吸が奪われる。突然で驚いたけど、すぐに喜びが俺を満たした。
後頭部には手が置かれ、体を離すことは出来なくなる。そばにいてと伝えるキスに、胸が甘く疼いた。
どんどん激しさを増していくキス。生ぬるい舌に口内をめちゃくちゃにされながら、俺は背を床につけた。
少しだけ唇が離れ、荒い呼吸を繰り返す俺に、明は熱い視線を向ける。切なげな顔で見下ろされ、唾を飲み込んだ。期待が強くなっていく。
「チョコより先に、いいかな?」
「……うん」
ゆっくりと二の腕を撫で付ける明に、俺は頷きを返す。ぼんやりと力が入らないまま、俺も明を求め体を熱くした。
艶やかに舌なめずりをした明が、テーブルのラクダを後ろに向かせる。それを合図に、またふたりの体が重なった。
「ふっ……んっ」
「はぁっ」
どちらのものかわからない熱い息が部屋に溶ける。
中に埋まったものがぐちぐちと動かされる度、俺も明もさらに乱れた。
「成海くん、好きだよっ」
「んっ、おれ、もっ」
「ずっとこうしていたい」
「あっ、あぁっ」
動かされる腰は確実に俺を攻めたてるのに、どこか物足りない。明は息を乱しているが、様子見をしている感じがした。
少しずつ積もった気持ち良さに飲み込まれたくて、強い刺激を求め体が疼く。
「あき、もっと……っん」
「ん? なに、成海くん。もっと、どうしてほしい?」
「んっ、あっ……なんか、前とちがうっ」
「ねぇ、成海くん、教えて?」
ゆるく動いていた腰が、ついに止まる。じれったさに体をくねらせながら、明を見つめた。
「もっと、はげしく……してほしい」
「激しく……こんな感じ?」
「っ、あぁっ、はぁっ」
「ね、どう? 気持ち良い?」
止まっていた腰が大きく動かされ、奥を突く。突然のことに俺は喉を仰け反らせた。
深いところをぐりぐりと押し込まれ、頭が痺れる。さっきとは一転、明は容赦なく腰を振った。
「あ、あっ、あきっ」
「成海くん、気持ち良いねっ」
はぁはぁとお互いさらに息を乱し、汗ばんだ体に抱きつく。どこまでが自分でどこからが明なのか、境界が曖昧になっていく。
「んんっ……っ! それ、だめっ」
「ダメ? こうすると気持ち良さそうだよ?」
「あぁっ、んっ、んっ」
いつ弾けてもおかしくない熱を触られる。指がまとわりつき、さわさわと撫でられ、気持ち良さで体が跳ねた。
「やっ、よすぎて、だめっ」
「大丈夫、そのまま我慢しないで」
「んぅっ、イクっ、イクっ」
「うん、全部出しちゃおっか」
怖いくらいの気持ち良さで俺は首を小さく振る。けれど明の手が離れることはなかった。
中を擦られながら熱い手で扱かれる。限界を超えそうな俺は、ただ明の体にぎゅうぎゅうと抱きついた。
「んんっ、あっ、あっ」
「そう、上手だよ、成海くん」
「あ、あぁっ……ん、んんっ」
「はぁっ、どうしよう、成海くん、えろすぎる」
ついに熱が弾け、びゅっと飛び出る。何も考えられないほどの気持ち良さに身を任せ、体から力を抜いた。
明は満足そうに笑うと、瞼、頬、唇にキスを降らせる。息を整えている俺の中でまた、ぐち、と卑猥な音が鳴った。
「ん……あき、おれ、イったばっか」
「うん……ダメかな?」
「っ」
こちらを窺うようにして、明はまたゆるゆると腰を動かし始める。眉を下げて微笑む明を見ると、それ以上何も言えなかった。
「んっ、はぁっ」
「っ」
頷くよりも先に、俺も小さく腰を振る。もちろん恥ずかしさはあるが、自然と動いていた。
明は驚きながらも、気持ち良さに眉を寄せる。その快感に耐える表情がエロすぎて、俺はまた体に熱が戻ったのを感じた。
「……いいの?」
「ん……おれも、好きだし」
「っ、成海くん、ありがと」
「あっ、んぅっ」
明との行為は俺だって好きだ。またお互いを求め、溺れる俺たちは、繋がったままキスをする。
「っふ、は、ぁっ」
上顎を舌で撫でられ体を震わせる。足りない、もっとと強請るように、明の手に指を絡ませた。思考がどんどん溶けていき、明のことしか考えられなくなる。
明もきっと同じなのだろうと思いながら、また甘い声をもらした。
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