1020人が本棚に入れています
本棚に追加
「みたいだね、でも可愛いよ?」
「私みたいなお婆ちゃん捕まえて可愛いも何もないわよ。ねぇ水脈ちゃん。私この格好、嫌だわ」
「はいはい、すぐ終わらせるから。ちょっとの間我慢してね」
頭の上で纏められた祖母の髪。
綺麗に結い上げられたそこから、一本ずつ丁寧にヘアピンを抜き取って行く。
はらり、はらり、と長い髪が少しずつ解けて行く。
まるでプレゼントにかかった、ややこしくも綺麗なリボンを、少しずつ外して行く様だと思った。
真っ白な、長い長い髪。
もう20年近く、祖母は一度も髪を切っていないと言う。
「でも本当にバッサリやって良いの?」
流れる髪を櫛で梳きながら、確認してしまう。だってあまりに長くて綺麗だから。
「良いの。入院したら邪魔になっちゃうし、暑くなるだろうしね今年の夏は」
「夏はいつだって暑いよ。それに入院たって、たかだか二週間かそこらじゃない」
霧吹きで髪を湿らせていく。
こんなことなら、職場から自分の道具一式を持ってくるんだったと後悔した。
母が大昔に買った、2980円の散発セット。
私の頭を数回おかっぱ頭にし、その後忘れ去られていた代物。
祖母の髪にその鋏を入れるのは……なんかどうも忍びない。忍びないが道具が無い。
「ごめんねぇお婆ちゃん。本当はシャンプーしてトリートメントまできっちりしてあげたいんだけど」
「いいのいいの。私はね、水脈ちゃんに切ってもらうだけで嬉しいんだから」
にっこり笑って、祖母は姿見に映る私の瞳を見つめた。
「都会の床屋で働く孫に切って貰ったなんて、お婆ちゃん老人会の友達に鼻が高いわ」
床屋、じゃなくて美容院なのだが。更に詳しく言うとヘアサロンなのだが。
何回教えても祖母にとって私の職場は『床屋』らしい。
「まだまだ見習いだけどね……ではお客様、本日はどういう風に仕上げましょうか?」
気取った口調でそう尋ねると、祖母も胸をはって告げた。
「ナウなヤングっぽくお願いします」
笑いを堪えながら「かしこまりました」と応じる。
ナウもヤングも、限りなく死語である。
最初のコメントを投稿しよう!