断髪

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「みたいだね、でも可愛いよ?」 「私みたいなお婆ちゃん捕まえて可愛いも何もないわよ。ねぇ水脈ちゃん。私この格好、嫌だわ」 「はいはい、すぐ終わらせるから。ちょっとの間我慢してね」 頭の上で纏められた祖母の髪。 綺麗に結い上げられたそこから、一本ずつ丁寧にヘアピンを抜き取って行く。 はらり、はらり、と長い髪が少しずつ解けて行く。 まるでプレゼントにかかった、ややこしくも綺麗なリボンを、少しずつ外して行く様だと思った。 真っ白な、長い長い髪。 もう20年近く、祖母は一度も髪を切っていないと言う。 「でも本当にバッサリやって良いの?」 流れる髪を櫛で梳きながら、確認してしまう。だってあまりに長くて綺麗だから。 「良いの。入院したら邪魔になっちゃうし、暑くなるだろうしね今年の夏は」 「夏はいつだって暑いよ。それに入院たって、たかだか二週間かそこらじゃない」 霧吹きで髪を湿らせていく。 こんなことなら、職場から自分の道具一式を持ってくるんだったと後悔した。 母が大昔に買った、2980円の散発セット。 私の頭を数回おかっぱ頭にし、その後忘れ去られていた代物。 祖母の髪にその鋏を入れるのは……なんかどうも忍びない。忍びないが道具が無い。 「ごめんねぇお婆ちゃん。本当はシャンプーしてトリートメントまできっちりしてあげたいんだけど」 「いいのいいの。私はね、水脈ちゃんに切ってもらうだけで嬉しいんだから」 にっこり笑って、祖母は姿見に映る私の瞳を見つめた。 「都会の床屋で働く孫に切って貰ったなんて、お婆ちゃん老人会の友達に鼻が高いわ」 床屋、じゃなくて美容院なのだが。更に詳しく言うとヘアサロンなのだが。 何回教えても祖母にとって私の職場は『床屋』らしい。 「まだまだ見習いだけどね……ではお客様、本日はどういう風に仕上げましょうか?」 気取った口調でそう尋ねると、祖母も胸をはって告げた。 「ナウなヤングっぽくお願いします」 笑いを堪えながら「かしこまりました」と応じる。 ナウもヤングも、限りなく死語である。
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