いたくしないで

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(いや、多分本気なんだろうよ。じゃなきゃ奴が他人に関わるなんかないだろう。頭はいい。) 尾上は正直怖いのだと解っている。痛い、というのもあるし、なんだか、時間がたち過ぎたのだとも思う。 「最初の頃に一発でもやっときゃ良かったんだ。今更あいつに勃ちやしねえ。」 尾上はホモだけれど、穴に突っ込む事はあんまり経験がない。むりやり捻じ込まれた事が一回。それだけである。 ちなみに万丈は絶対に俺の穴には指一本触れさせません、と笑った。 それは必然的に尾上が女役になる訳だ。構わない、と思っている。だが。 勃つか、勃たないか。 別に、ヤったからって何が変わる訳でもないんだろうが、もしこの状況が変わったら。そんな事も怖いと思う。万丈と尾上なら確実に尾上が先に死ぬ。 それが怖いわけではないが、なんだかその事を考えると、そしてその他もろもろの事を考えるとなんだか性欲が引っ込んでしまうのである。 丸くなったなあ、俺。としみじみ思っていると、万丈が帰ってきた。白い軽トラが止まって、万丈がただいまと言った。おかえりと言ったら、フッ、と万丈が笑った。 「何か変わったこと、ありましたか。」 「いや別に」 「…なら良かった。」 シャツをめくり上げて、荷物を降ろす万丈を尾上は見てから立ち上がる。サンダルをつっかけて一緒に手伝ってやる。 それから耳元で、ヤるか、と言った。 珍しく万丈が荷物を落として トマトが割れた。 「はい、じゃあとりあえず、煙草消してもらえますか」 「これ吸ったらな」 「5本も吸って、どうしたんですか。緊張してるんですか」 「…特にそんな感情はねえ」 「でしょうね」 フッ、と万丈が笑った。嫌な笑い方だ。 万丈の部屋で二人きりである。万丈が椅子に座り、尾上がベッドの上にいる。 普段は隣の客間で寝る。万丈の部屋は少しこそばゆい。 小さい頃からの成長がそこにはあって、万丈が昔ロックが好きだったとか、昔付き合っていた女の写真とか、幼稚園のアルバムとか、とにかく尾上は恥ずかしい気持ちになる。 六畳のスペースに本棚と、机と、パソコン、古ぼけたコンポ。若者らしい物がそこら中に置いてあって、尾上はああ、俺はおっさんだと再確認する。 今日は老婆が「タイミングよく」いない。兄の家に行っている。万丈が言ったのかもしれない。 ぼんやり思っていたら、いきなり煙草が奪われた。椅子に座っていた筈の万丈が、いつのまにかベッドの横にいて、吸いかけの尾上の煙草をスパスパ吸っていた。 早い。異常に煙を吸い込むのが早い。 あっという間に短くなった煙草を灰皿に突っ込んで、万丈はベッドに乗り込んだ。 「尾上さん、電気消すタイプですか?それとも」 「とくには」 「じゃあ、つけたままにしましょう。」 「…消してくれ」 「俺、鳥目なんです。」 嘘をつけ、お前暗い場所でバシバシ殴ってたじゃねえかと言うと、年をとりましたと平気で言った。 相変わらず嫌な奴だぜ、そう言えば、そうですかね、とまた嘘をつく。 悪い気持ちじゃなかった。 それから、はじめに唇を合わせたがなんだか優しい気分になったから、万丈の背中に手を回すとゆっくりと押し倒された。 唇はまだ離れない。苦い煙草の味がする。煙が少し残っていたのか、白い、白い息が漏れた。
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