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「鶏肉100グラム85円だったものだから」
「うーんいいやねえ。鍋って一人ですると寂しいよねえ」
「まさかクリスマスに笠松さんがくるとは」
「サンタさんの贈り物だと思ってネ」
「何が」
「俺が」
「…追い出しましょうか」
「そうだな。おい笠松一万置いて帰れ」
「なんでー?」
「休憩代だよ」
「本当酷い人たちだねえ、恩も涙も持ち合わせていない人達って嫌いだよ。長旅を労うとか、今夜は泊まっていけだとかそういう発想にはならない訳?」
「ならねえな」
「なりませんね。俺思うんですけど、笠松さんっていないと感謝もできるけど、いると邪魔なだけの人ですよね」
「なにそれ!なにを言っているかもう意味すら解んないよ!万丈、お前を育ててやったのは俺だよ!」
「だから感謝はしてますってば、ほらコンロ置くんだからどいてくださいよ」
にや、と男前が笑ってコタツの中に完全に全身を入れた笠松を邪険にする。悪い気分じゃなかった。なんだか久しぶりだな、と笠松は思う。台所に立って悪態をつく男は平凡すぎる生活にどっぷりなのだろう。昔はもっと殺伐としていて、いつこの世の中からいなくなってもいいような、そんな男だった。俺は悪い男だと、自負していた。それがどうだ。まるで普通じゃないか。電話越しに彼が丸くなっていくのを感じていた。電話越しにバットを背中に背負っているのは自分だ。ふと、会いたくなったのは、昔話を随分していないなと思ったからだ。過去を捨てた。故郷も名前もみな捨てた自分にとってきっとこの二人は最後の思い出だからだ。自分が今住んでいる町も悪くはない。でも、自分のことをよく知っている人に会いたくなった。散々ぼろくそにいう彼らは彼らなりに自分を歓迎してくれているんだろうと思う。みんな、恥ずかしがり屋なだけで。ねえ、ケーキないの。と笠松は呟いてみる。なかった。代わりに焼酎が出た。やっぱ俺達にはケーキより焼酎だよね。と笑った。
「なんだ。泊まっていかねえのか」
「やだね、間違って襲われたら嫌だもの」
「根本的に俺達清い関係ですよ」
「嘘つき」
「はっはっは、そんな訳ないですよね」
「ぱこぱこしてるの?」
「それなりにぱこぱこしてます」
「笠松お前…三万置いてけ、万丈はおれにプレステ4な」
「ひどいねー」
「プレステは俺も欲しいから笠松さんよろしく」
「ほんと外道」
少し上気した頬の三人が、笠松食料品店の前に立っていた。あてはなかったけれどもこのまま泊まる気にはなれなかった。
なんたってクリスマスなんだもの。男同士だって関係ないよ、いちゃつけるときにいちゃついておけ、このバカップル。そう思ったので、手を振った。すると尾上と万丈も手を振り返してくれた。またくるね、とは言わないけれどまた来よう。角を曲がってそっと、覗いてみる。ああ、空を見上げている二人がいて、その上から白い雪が、ああ、なんだか恥ずかしいなあ、だって嘘っぽいじゃない、ホワイトクリスマスなんて。笑いあって、家の中に消えていく二人だなんて。
まあ、よいクリスマスを、と笠松は呟いた。
おまけ
万丈のおにいから電話がきました。
万丈の兄「昨日の尾上君すごかったなー」
万丈「え、尾上さんそっち行ってねえよ」
万丈の兄「来たよ、駅の方歩いてたから声かけた。プリンセスプリンセスとか明菜とか歌ってさー。面白いんだなあの人。今寝てるけど、起こす?」
万丈「!!」
尾上「!!」
おわり。
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