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いたくしないで
いいこはねんね
わるいこはおっきして
よなかにあそぶ
でもやさしくしたら
ねんねするよ
すなおなへんじを
あなたにするよ
いたくされたら
きらいになるでしょ
ひどくされたら
なきたくなるでしょ
ねんねさせてね
あたまなでなでして
おねんねなさいと
やさしく
にこにこしていてね
そしたら
いいこになるからね
やさしくしてね
そしたら
いいこになるからね
【いたくしないで】
「いつまで待てばいいんですか」
「…なにが」
甘い煮豆をいつものように万丈の皿に放り込んでいたら、声が聞こえた。
万丈の母が、じっと尾上を見ていた。万丈は気のない尾上の返答にため息をついて味噌汁を飲んだ。
朝の食卓に少し気まずい雰囲気が流れる。
「なにがだよ」
なんにも待たせちゃいないだろうと傲慢に返すと、
「セックス」
…思わず箸を放り投げて万丈の頭を引っ掴んだ。
「おま、お袋さんの前で、なに、なにを、てめえ、ぶっ殺すぞ!」
「だってやりたいんですもん。セックス」
「おま、ほんと、それはだめだろ」
味噌汁がこぼれて、老婆が慌てたように台拭きを持ってくる。ぐらぐらと万丈の頭を揺らしながら、おまえ、喧嘩売ってんのか、やるのか、ええ、やらねえのか、いや、おれはやりたくないけどと意味のない叫びを上げる尾上に老婆がぼそりと呟いた。
「今のまんまじゃ、生殺しじゃなあ」
お袋さん、あんた言いたいことはっきり言うな、と尾上が言うと、だって母親じゃもんと歯のない口を開けて老婆は笑った。
ライターを自分でつける。煙草を吸いながら、手を添えた。
尾上は遠くを見る。自分の持ち場は万丈食糧店の店番だ。案外暇じゃない。
帳簿をつけたり、品薄の商品を発注したりする。万丈はさすが現代っ子だ。案外パソコンに詳しくて最近じゃインターネットの通販を始めた。
ネットショッピングというやつだ。
後はお得意さんに配達、これが万丈の役割で、尾上は店番、老婆は引退。そんな所だ。
近所に万丈の兄も店を開いていて、もう少しすればその女房が料理屋を開くらしい。儲かってんのか、あんたの所、と前にその女房に聞いたらまあね、と笑っていた。
万丈のお袋は、別に尾上と万丈が出来ていてもいいという。まともな商売をしてくれていたらそれでいいと言う。
尾上はまともな人間じゃないけれど、でもいてもいいよと言う。尾上は案外この暮らしが好きだ。
近所のおばちゃんと話をしたり、女子高生をからかったり。日曜には草野球に行ったりもする。万丈の兄貴のチームだ。で、飲んで帰る。万丈も一緒に飲んで、帰る。次の試合のあそこのチーム、強いらしいぞなんていう話もする。
(平凡って奴だ。性にあってんだろうよ)
煙を吐きながら尾上は思った。
もうすぐ、一年になる。
笠松の奴は元気らしい。今、伊豆にいるんだよと電話がかかってきたし、土産も来た。
趣味の悪いネクタイと伊勢海老、いやあれは伊勢海老柄のネクタイと、おまけの伊勢海老だった。そのネクタイは一生使わないだろうが、とりあえず取っておいてやることにする。
奴は今日も元気にバットを振り回しているだろう。
もしも奴が来たら草野球のチームに入れてやろう。双子の弟と言う事にして。
そんな他愛もない妄想をするのが尾上は好きだった。
「…セックス、ねえ。」
尾上は呟く。どうにも万丈とそれをする自分が思い浮かばないと言うのが実感だ。
むしろ、万丈にその気があるのかどうか。奴は見た目は抜群だと思う。性格はちょっとひん曲がっている。
本気で万丈が自分の事を好きかよく解らない。奴の事だ。冗談ですよと、本番になってから言いかねない。
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