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わたしのせいかもしれない、と思った。
今この場所にいるのも、他に誰もいないのも、全部。わたしが大人になんてなりたくないと、願ってしまったから。
奏平と三崎くんが話し合っている横で、わたしは二人が話し合うのをぼんやり眺めているだけだった。そうやってわたしはいつも、誰かが答えを出すのを待っている。
三崎くんに好きだと言われたのは、わたしの推薦合格が決まったあとのことだ。
十月も終わろうとしている、しとしと雨のやまない肌寒い日で、教室にはわたしと三崎くんの二人きりだった。
一緒の傘に入って帰る、奏平とすみちゃんの姿が窓から見えた。それを見下ろしながら、とりとめのない話のついでのように昔話をしていた。
「小学校のとき、うまく女の子グループになじめなくてね。学校に行けなくなったことがあるんだ」
毎日、泣いていた。
五歳まではイギリスに住んでいた。共働きの両親は同じ会社に勤めていて、父の転勤に母が同行するという融通がきいただけだったのだけど、それが同級生たちには自慢に聞こえたらしい。最初のころはあれこれと興味本位でいろんなことを聞いてきたのに、しばらくするとわたしから離れ始め、いやがらせめいたことも受けるようになった。
みんなきらい。イギリスに帰りたい。学校なんて、行きたくない。
わがままを言って、お母さんを困らせた。部屋から出ないわたしに、無理強いすることもできないお母さんの優しさに胡坐をかいて、家にこもりきりだった。
「ある夜、無性に苦しくなって、両親が寝しずまった頃にこっそりベランダに出たの。なんだか、一人ぼっちのような気がしちゃって、自業自得なのにめそめそ泣いてた。そしたら、……そしたらね」
ふふっと、つい思い出し笑いをしてしまったわたしを、三崎くんは不思議そうに覗き込んだ。
「足が、ぶらさがってたの」
「足?」
「ちっちゃな足が、ぶらーんて、上から。びっくりしすぎて、涙も止まっちゃった」
「……それが奏平だったんだ?」
「そう。右上の部屋に住んでる奏平が、わたしの泣き声を聞いて、降りてきちゃったの」
それが人間だとわかったとき、別の恐怖がわたしを襲った。だってわたしの部屋は五階で、ぶらさがった足は立つ場所を探してうろうろしていて、そんな人が行き着く末路は、小さいわたしにだって簡単に想像がついた。
慌てて足を掴み、手すりに乗せた。震えながらその踝を握っていると、足の主はベランダの縁から手を離し、その瞬間、わたしの方へと倒れこんだ。
怖かった。死んじゃうかと思った。
だけどその子――奏平は悪びれる様子もなくけろっとして、下敷きにしたわたしを引っ張り起こすと、悪い悪い、と頭をかいた。
すぐに両親が騒ぎに気づいて飛び出してきて、揃って散々叱られた。あんなに怒る両親を見るのは初めてだったけれど、項垂れながら、わたしと奏平はこっそり目配せして舌を出した。
「わたしは昔から、ピーター・パンの物語が大好きで、いつか迎えに来てくれるんじゃないかって夢見てたの。寝るときに、窓の鍵を閉めないようにしたり、お裁縫道具を準備したりして」
夜空の彼方からとつぜん現れたピーター・パン。
幼かったわたしには、奏平がまさしくそんな憧れに重なった。
「一緒にディズニーのビデオを観たり、絵本を読ませたりしてたら、うんざりされちゃったけど」
「あ、それは聞いた。リスニング試験が得意な理由」
「そっか、三崎くんは最初、それで遊びにきたんだもんね」
わたしが英語のビデオばかり見せるものだから、奏平はいつのまにか、ヒアリングだけは大得意になっていた。もっとも、奏平自身がギターで英語の歌ばかり歌っていたから、その両方なんだろうけれど。
「……しぃちゃんにとって奏平は、特別なんだね」
答える代わりにわたしは曖昧に微笑んだ。
いつのまにかピーター・パンは大人になってしまった。わたしを置いて、離れていく。
校庭から、奏平の姿は消えていた。
三崎くんはやがて、ぽつりとつぶやいた。
「……ぼくじゃ、だめかな」
気づけば三崎くんは、今まで見たことのない真剣なまなざしでわたしを見ていた。
「ぼくじゃ、奏平の代わりには、なれないかな」
なにも答えられなかった。単に慰めているわけじゃないことくらい、すぐにわかった。
「返事は今すぐじゃなくていいから。……ぼくの受験が終わったら、卒業のころになったらまた、答えを聞かせて」
断られるのはわかってる。そう言いたげな三崎くんに、胸がつぶれそうになった。なにも言えずにいると三崎くんは、帰ろうか、と何事もなかったかのように伸びをした。
受験も卒業式も終わってしまった。春になったら三崎くんはいなくなる。けれどまだ、三崎くんにはなにも伝えられていない。奏平にも。
だけどできることなら、永遠に答えを保留にしておきたかった。変わりたくなんて、なかったから。
だから、わたしのせいなのかもしれなかった。こんなところで三人きりで閉じ込められて、一緒にいるしかないこんな状況はきっと、わたしが心のどこかで望んでいたことで、その願いが今を呼んだのだとしたら。
わたしが二人を、殺してしまったのかもしれない。
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