いつかネバーランドで

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「……咽喉、渇いたな」  汐織が誰ともなしに呟く。こんなときになにを呑気な、と言いたいところだったが、実は俺もだった。咽喉にかすかな渇きがべたりと張りついている。体にあるべき水分が、干上がっているような気がした。  立ち並ぶ樹も、遠くに見えてきた池も、青々と茂る芝生も見慣れたものばかりなのに、そのすべてに異形感が拭えない。歩けば歩くほど、公園には誰もいないことを思い知らされて、世界が終わってしまったような気分が増すだけだ。  死ぬって、こんなにひどいことだったのか。このままずっと、意識を失うでも、何かを手放すでもなく、すべてを抱えたまま閉じこもっていなくちゃいけないのか。  どこにも時計なんてないから、どれだけ経ったのかはわからない。けれどいい加減歩くのにも飽いた頃、不意に、三崎が顔を上げた。 「今の聞こえた?」  汐織も振り向く。半信半疑の面持ちで、三崎は右手の、樹木のさらに奥を見やって目を細める。 「なんか今、あっちのほうから声がした、ような」 「芝生以外、なんもねえじゃん」 「だから、あそこ、茂みの奥に誰かいるのかと……」  疑い深げに答える三崎の声に重なって、甲高い笑い声が耳元をかすめた。休みの日に、近所の公園から響いてくる喧騒に似ている。無秩序な、哄笑。  次いで聞こえてきたのは、太鼓のような音色。焦燥をかりたてるように、地を這うように迫ってくる。調子はずれのギターの音と、それから口笛も。  どんどん、大きくなる。それとともに、はっきりとした子供の声がまじって響く。俺たちは茂みの向こうを凝視した。樹のかげを、その奥にいるらしい何者かを、見定めるように。  誰かがなにかを叫び、音がやんだ。ざわめきとともに、人影がぬっと飛び出す。  俺の服の袖を、汐織が反射的に掴んだ。  そこにいたのは、幾人もの子供たちだった。性別も年齢もバラバラの、子供の集団。  言葉を失っていると、汐織が今度は、力強く俺の腕を引っ張った。ただでさえ大きな目が限界まで広がって、唇をきゅっと結んだまま、怯えるように子供たちを凝視している。 「おい、汐織、どうした……」 「なんで」  汐織は切り裂くような声音で俺をさえぎった。俺のことなんて、見ちゃいなかった。 「あれ。あの子。先頭の、青いTシャツ着た」  視線の先をたどる。  生意気そうな子供がいた。背丈はそこそこあるけれど、やっぱり中学生くらいの、幼さの残る顔立ち。涼しげな目元がやけに印象づいた。 「なんで。……なんでわかんないの、奏平」 「わかんないって、なにが」  気づけば、汐織の全身が震えていた。 「……敬二くん」 「え?」 「敬二くんだよ、あれ。どうしてわかんないの!」  悲鳴に似た声をあげ、汐織はしゃがみこんだ。頭をかかえて、がたがたと体を揺らし続けている。呆然として、俺はもう一度、その子供に目を戻した。  中学生くらいで生意気そうで。そしてその手に持っているのは。 「ギター……」  フラッシュバックだった。あいつと過ごした夏、一緒に練習したギター、そしてまた教えてやるという約束。すべてが次々に、曖昧でおぼろげなヴェールをかけたまま、甦っていく。 「敬二」  よく通る、声が出た。子供たちのざわめきがやむ。仲間と話していた、その少年が顔を上げる。  目が、あった。  間違いなかった。それは確かに俺の知っている、一年前に死んだはずの、敬二だった。
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