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ある日、俺の勤め先の前に人だかりができていた。
ブルーシートで道は隠れており、マスコミや通行人が騒いでいる。
「殺人?!」
「そうみたいよ。女の子が襲われて、搬送先で死んじゃったんですって。」
「ええ…怖いわ…」
そんな人々の喧騒の中、ただ一人、悲しい目でブルーシートの先を見つめる女の子がいた。
(まぁ…怖いよな…)
なんて他人事のように考えながら、スマホを取り出す。
店長はどうしているだろうか。
もしまだ出勤していないなら、教えてあげないと。
けれど、スマホを見た瞬間にメッセージが送られてきた。
『しばらくお店はお休みします。
急なことでごめんなさい。』
店の前で事件が起これば、そりゃあ営業はできないだろう。
『了解しました』
と、短く返事を送る。
「どいてください!集まらないで!」
警官が、野次馬に注意する。
「ほらあなたも。」
「あ…はい、すみません…」
もちろん俺も注意された。
「待って待って。その人俺が呼んだ人。」
注意した警官の後ろから、小柄な刑事が走ってくる。
警官はちらっと俺を見て一礼すると、他の人達に声を掛けに行った。
「待ってたぜ、璃人。」
警察にしては小柄な彼は、兄の幼なじみで小さい頃からお世話になっている人、
如月 善(きさらぎ ぜん)。
「俺…呼ばれてないよ?」
「えっ?だって俺依頼したぞ?」
「なんの?」
噛み合わない会話。
けれど、俺はすぐに納得した。
「兄さんに依頼したんだ?事件の捜査。」
「だから璃人がここに来たんだろ?」
「違うよ?」
俺の兄は、父から受け継いだ探偵業を営んでいる。
正確には、“失踪した父の代わりに“だけど。
おそらく兄はまだ到着しておらず、善さんは兄の代わりに俺が来たと勘違いしたんだ。
「そっか…だよな、あいつがお前らに探偵の仕事任せないよな…」
小さな声で分かりやすく善さんは落ち込んでいる。
申し訳ないけど、俺は力にはなれない。
「じゃあ俺帰るよ?」
その場を離れようとすると、善さんは身長の割に大きな手で俺の肩を掴んできた。
「気をつけろよ。犯人、まだ見つかってねぇから。」
「…わかった。」
ああいう“刑事の顔”をする善さんには未だに慣れない。
ずっと一緒に過ごしていた小動物みたいな人が、あんな険しい目付きになるんだから。
ふとさっきまでいた人だかりの方へ目を向けると、野次馬がいなくなったにも関わらず、あの女の子だけはまだ残っていた。
先程のように、ブルーシートの先を見つめて。
すると、視線を感じたのか女の子は俺の方を見る。
思わず目を逸らすと、女の子はふらついた足取りで近付いてきた。
大丈夫かなこの子…と思っていると、俺のすぐ目の前で立ち止まる。
さすがに今離れると、あからさますぎて失礼だろう。
少し待ってあげると、女の子はブルーシートを指さした。
「え…と…事件、あったみたいですね?」
なんとか言葉を絞り出すと、女の子はふるふると首を振る。
違うってことはないとは思うけど…
女の子は今度は自分とブルーシートを交互に指さす。
「…?」
いまいち理解できないでいると、女の子は自分の足元を指さした。
よく見ると、本来地面についているはずの彼女の足は、透けて宙に浮かんでいた。
人間では、ない。
「君が…殺された子?」
導き出した答えは、どうやら正解だったらしい。
彼女は今にも泣き出しそうな顔でこくこくと頷いている。
声が出せないのか、俺に聞こえないのか分からないけれど、必死に動かすその口は「助けて」と言っているようだった。
「ごめんね…君の姿が見えても、俺に出来ることは、無いと思う。」
残酷な答えだが、事実だ。
生きている人間が、死んでしまった人に出来ることなど無い。
父からも、友人からも、散々聞かされてきた言葉だ。
彼女は残念そうに、けれど納得したようにうなずくと、スウっと消えてしまった。
家に帰る道でも、ずっとモヤモヤが胸につかえている気がした。
出来ることなら、犯人を見つけて彼女を安心させてあげたい。
だけど、俺は兄とは違う。
より彼女を苦しめる結果になってしまうのなら、最初から関わらない方が彼女のためだ。
そう自分に言い聞かせて、早足で歩く。
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