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彼の影の形は
安心して千夏は玄関先の掃除をはじめた。
「ここ、小さな庭だけど……いっぱい植物を育ててるなぁ」
周囲とやや距離のある一軒家の小さな庭には、ハーブやなにかの材料であろう木が細々と植えられていた。ここで、言われたものを採集することになってはいるが……想像より多くてやりきれるのだろうかと、苦笑した。
木々の隙間から木漏れ日を感じ、柔らかな緑の香りがする。さて早く慣れなければと、千夏は思った。
「しかしこんなにたくさんの植物を扱うなんて……どんな職業なんだろ」
相手の職業については、生活の把握のために会社で把握しているはずだが、聞くのを忘れていた。
事前に調べられることを相手に聞くのもおかしいしなぁ……と思っていると、小さなカゴをもった紫紋が外に出てきた。
「おや、こちらに来ていたんですね……掃除をしているものだとすっかり」
「あ、ごめんなさい……掃除は終わったんですけど、ここも気になってしまって」
「いえいえ、仕事で使う薬草ばかり生えた庭です……あまり楽しいところはないですよ」
「薬草を使う仕事ですか……?」
あぁと紫紋は言い忘れていたなと言わんばかり口を開けた。
「カウンセリングのときに、ハーブなどを使うんですよ。患者さんがリラックスできるように」
なかなかすごい仕事をしていると気がついてしまった。ハイスペックすぎるのではと思っていると、ずいっと紫紋は千夏に顔を寄せた。びっくりして体が固まる。急にどうしたんだと思ったら
「葉がついてますよ」と紫紋は言った。
「えっ」
確かに髪の毛に触れると、かさりと音がする。茶色の葉を紫紋がとってくれたので、自分で取る必要はなかったが、美男子にいきなり顔を寄せられれば、どきりとしてしまう。しかも昨日、自分を抱いた男なのだ。妙に体すら熱くなる。
「ここ、結構虫もいるんで、気をつけてくださいね」
「は、はい」
見つめてそんな注意をしなくてもと思う。恥ずかしくて拠り所がなくなり、千夏は場をごまかすように、ぽんと手を叩く。
「お、お昼は食べられましたか?」
「ああ、千夏さんが来るまで仕事で、まだですね」
「では、作らせていただきますね! 台所のモノの確認をします」
「ありがとうございます……私はもう少し採集をしてますので」
千夏は頷き、家の中に入ろうとする。その前にもう一度紫紋のことを見る。
優しい人となりの、評判通りのいい人そうだ。そう思った同時に小さく息を飲んだ。
日差しの下の紫紋の影が、人の形をしておらず、まるで物語に出てくる、悪魔か獣のようだった……
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