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空で会えたら 1
まだバブルの影も形もなかった頃、技術系少年のあこがれはアマチュア無線だった。
ラジオ少年のあこがれは無線機。でも子供のお小遣いでは高価な無線機は買えないし買ってもらえなかった。
そんなぼくは無線部のある高校に入るのが目標だった。それがぼくの学力だとギリギリだったとしても。
受験勉強を頑張ってなんとか志望校に入学できたぼくが真っ先に探したのは無線部の部室だった。
無線部の部室は旧校舎の中、元理科準備室を使っていた。
引き戸を開けて中に入る。
「すみません、入部希望なのですが」
無線機の前に男の先輩が一人、振り返って僕を見た。
「ごめん、入部希望っていってたかな?」
戸惑ったように聞いてくる。
「はい、よろしくお願いします」
「無線の免許は?」
「電話級ですが持ってます」
先輩が立ち上がって即座に近寄りぼくの手を握りぶんぶん振り回した。
「局免は?」
「すみません、無線機持ってないので開局できないんです」
「波はだしたことある?」
「近くの少年団にクラブ局があったのでそちらで何回か」
「オーケーオーケー、それなら大丈夫だな。今年は先輩が抜けたからオペレーターの数が足りなかったんだ。こんな早くから免許持ってる人がくると助かるよ。そうだ自己紹介忘れてた、俺は無線部の部長のサカキダ、三年だ」
「ぼくはヤマナシです、一年生です」
早速入部届を書いていると廊下からにぎやかな声が聞こえてきた。
女子の声なので他のクラブかなと気にせず居たら部室の前で止まり入り口が開いた。
入り口の方に目をやると女子が二人が立っていた。
一人はほわんとした雰囲気で小柄でちょっとぽっちゃりそして巨乳な娘。
もう一人はちょっときついそうでスレンダーどちらかというと運動部の方が似合っていそうな娘。
「あれー、やっくんこの子誰?もしかして、新入部員?」
ほわんとした小柄な女子が部長に話しかけた。
「おー、そうなんだ、しかも従免もってる」
「えーー、すごい、さすが部長さっそくスカウトしてくるなんて」
「いや、俺は、、」
「ぼんくらな部長がそんなことできるわけないでしょ、おおかたこの子から来たんじゃないの?」
「ばれたか、その通りだ、紹介するね、この子はヤマナシ君、電話級持ってる、残念ながら局免はないそうだ」
「ヤマナシマサヨシです、よろしくお願いします」
「うんうんよかったね~、オペレーター足りなくなりそうで困ってたからね」
ほわんとした口調で小柄な先輩が答える。それを引き継いでスレンダーな先輩が言う。
「ほら自己紹介、私はコウノトモコ、二年生。こっちのはタカハシミナヨ、同じく二年生」
「二人とも二級持ってるのよ~」
ふふんとタカハシ先輩が自慢げに言う。
「コンテストの説明はした?」
コウノ先輩が部長に聞く。
「いやまだだよ、まだ入部届を書いてもらってる」
「そういえばヒゲは?」
「アイノ先生のところ、あ、ヒゲって僕と同じく三年生の部員で副部長ね。彼も二級持ちだよ」
「部長は?」
タカハシ先輩がからかうように言うと
「俺は電話と電信だけ、、悪かったな、凡ミスなければ、今度は大丈夫だ」
部長が拗ねたように答えた。
後日、顧問のアイノ先生とヒゲ先輩も紹介された。
アイノ先生は中堅の先生で眼鏡をかけてきつそうな雰囲気。
風紀担当と聞いて納得した。
ヒゲ先輩はオオタダイスケが本名で口ひげを伸ばしていて外国の映画俳優のようだった。
ぼくのほかに新入部員が5人、そのうち男子が4人仮入部した。
でもタカハシ先輩目当てらしい4人は、従免も持っていなかったしアイノ先生が風紀も担当してると知ったらすぐ辞めた。
残ったのがナイトウさんという女子だけだ。
彼女はまだ従事者免許を持っていなかったけれど秋に受けるそうだ。
年間の予定も説明された。まずは目の前に迫ってるのがコンテスト。これは日本全国のアマチュア無線局がどれだけの相手と交信できたかを競うものだ。
うちの高校は頑張って入るけどそこそこの成績しか残せていないそうだ。
高校生だからいろいろ条件が厳しいから仕方ないけど
「今年はオペレーターは足りそうだから少しはいい成績残せるかな?」
文化部は実績を残すのが大変。だからこのように形に残るものは大事。入学早々だけどいろいろ急が良くなりそうだ。
◆◆◆
部室には高価な無線機があるので必ず鍵をかけている。
鍵はアイノ先生が持っていて英語準備室に行って鍵を借りてくる。
帰りにまた英語準備室に持って行って返す。
面倒だけど盗まれたら大変でしょ、とコウノ先輩が言う。
その様子がなんか不満がありそうだったけど、ぼくは単に面倒だからかなと思っていた。
火曜日は部活はお休み。
アイノ先生が忙しいからと言うのと
「学生の本分は勉強よ、ちゃんと家に帰って勉強しなさいね」
という理由も言われた。なんかこじつけっぽいけど何も言えなかった。
コウノ先輩が納得していないらしいのは分かる。
でも、コウノ先輩の不満の理由は他にもあるみたいでそれは分からないままだった。
◆◆◆
高校の授業は中学に比べて一気に難しくなった。
これはぼくが背伸びしてワンランク上の高校に入ったせいもある。
火曜日には図書室で勉強することにした。
一人でやっていてもすぐに飽きてしまう。
無線関係の本を探し出して読んでいるところをタカハシ先輩とコウノ先輩が通りがかった。
「あらあら、熱心ね~」
読んでいたのは無線機の設計の本。
まだ習っていない知識が必要なのですでに行き詰っていた。
「難しいですね、まだ僕には全部は分からない」
タカハシ先輩は頑張ってねと言い少し離れた席の部長のところに行った。
どれどれ、とコウノ先輩が隣に座り本に目を通す。
女子特有の香りがぼくの鼻をくすぐる。
コウノ先輩の教え方は上手である程度理解できるところまで教えてもらえた。
「あとは授業で習ってからかな?慌てるより基礎をしっかりね」
「コウノ先輩、塾の先生みたいだ」
「えーせっかく教えたのにそれはないでしょ」
ほめたつもりだったのだけど逆効果だったみたいだ。
◆◆◆
水曜日に部室に行くと既に鍵が開いていた。
中に入ると半田の匂いがした。
ヒゲ先輩がなにやら基板に向かっている。
「こんにちわ~」
ぼくがあいさつするとちらりと見てぼそぼそと何か言う。
「何作ってるんですか?」
返事がない。しばらくヒゲ先輩の方をみてるとようやく答えが返ってきた。
「マイコン。
コンテストの結果を集計するから。
メモリ足りないから追加した」
ぼそぼそという答えをまとめるとこういっているらしかった。
コンテストでは重複チェックが必要なのでこのマイコンにチェックさせるらしい。
全部ヒゲ先輩が作ったものではなくてキットを買ってきて組み立てたということだ。
テスターでいろいろチェックした後、もう一度回路図を確認して電源を投入した。
モニター代わりのテレビ画面にBASICの起動画面が表示されたので大丈夫なんだろう。
そのあとプログラムをロードしたりコールサインを入力したりヒゲ先輩がやってることを眺めていると他の部員が来た。
ヒゲ先輩と二人きりから解放されてちょっとほっとする。何か知らないけどヒゲ先輩と一緒に居ると息が詰まる。
◆◆◆
次の日曜日に学校最寄り駅に部員が集まっていた。
メンバーは部長、コウノ先輩、ナイトウさん、僕。ヒゲ先輩とタカハシ先輩は用事があって欠席。
少し離れたところにあるハムショップにアンテナの部材などを買いに行くのだ。
ぼくも行ったことのある店で、無線機やアンテナだけでなくトランジスタや抵抗などの電子部品も扱っている。
電車の中では学校の話で盛り上がった。
「そうか、お前らエグチが数学かぁ。あいつうちの高校長いからさ、先輩から預かったテスト問題もってるから今度渡してやるな」
「助かります」
「テストの傾向つかむのも大事だけど、授業にちゃんとついていくのも大事よ」
コウノ先輩らしいセリフだ。
必要なパーツは店頭に出ていないそうで店員さんが倉庫から持ってきてくれるそうだ。
部長とナイトウさんが対応しているので、ぼくとコウノ先輩は手持無沙汰だ。
必然的に並んでいる無線機に向かう。
「いいなぁ。HFでもオールソリッドステートかぁ。野外でも使えるのかぁ」
「ヤマナシ君はアウトドア、好きなの?」
「従兄が登山家で小さいころからハイキングに連れて行ってくれたんですよ。山の中でキャンプしながら無線ができるってあこがれなんです」
「意外ね、ヤマナシ君は家に籠っていそうなイメージだから」
「へへ、そういわれるんですよねー、そんなにもやしっぽく見られるのかなぁ」
コウノ先輩は高級トランシーバーに目を向ける。
「私はファイナルが真空管の方が好きだなぁ。気分の問題だけどなんか温かみがありそうで」
科学的じゃないわね、と最後につぶやいていた。
「おーい、買い物すんだぞ~、学校に行くぞ」
部長が声をかけてきた。
あれ?でも部室の鍵は借りれるのかな。
「部長、鍵はどうするんですか」
ナイトウさんが聞く。
「先生が1時に学校で待っててくれるんだ。おっと時間が余るな。どっかで昼ご飯食べていくか」
早めに行って部室の前に買ったもの置いてからご飯でもいいんじゃないかと思ったけれど、部長もコウノ先輩も昼ご飯を何にするか相談している。
結局、駅前にハンバーガーショップがあったので全員一致でハンバーガーになった。
部室に行くともう先生が待っていてくれた。
先生しかいないはずなのになんかはんだ付けしたようなにおいがする。
それになんか先生の香水の匂いが強い気がする。
コウノ先輩はまた不機嫌な表情になった。
それを気にしながらも、買ってきたものを置くだけにして部室を後にした。
このまま帰るのもいいけど、時間が余るな。
そう思ったぼくはみんなと別れて学食の方に向かった。たしか学食前には自動販売機があったからそこで何か飲み物を買って、さっきもらってきたばかりの無線機のカタログを見よう。
まだ当分無線機は買えないけど、カタログを見ているだけでワクワクする。
ベンチに座り鞄からアウトドア用のVHF・UHF帯のハンディトランシーバーのカタログを取り出した。
ハンディトランシーバーは据え置き型に比べれば安いけれどそれでもおいそれとは買えない。
夢中になってカタログを読んでると、
「となり、いいかな?」
と声がかかった。顔をあげるとコウノ先輩がニコニコして立っている。機嫌はなおったのかな。
「あれ、先に帰ったんじゃ」
「トイレいってる間に置いて行かれたでしょ。だからさ、カタログ見ようかなって思って。そしたらヤマナシ君いるじゃない。それにしてもヤマナシ君と同じ思考なんてね」
「えー、ひどい、ぼくがバカってことですか?」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃないよ。でも、似た者同士なのかな?」
二人で無線機のカタログを見ながら、あーでもないこーでもないと夢中になって話していると、
「おい、無線部、そろそろ帰れ」
と運動部の顧問から声を掛けられた。
気が付くと五時を過ぎていた。
よく考えるとコウノ先輩と二人きりでずっと話していたことになる。
そう考えるとなんか意識してしまう。駅に向かいながらコウノ先輩の方を伺うと
「あー楽しかった。無線機欲しいね。アルバイトできると良いのにね」
とそんなこと気にしてないような表情だった。
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