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自分の部屋に戻った私は、弟が廊下を通り過ぎて弟の部屋に入るのを物音で確認した。
私は胸がドキドキした。さっき弟の部屋に忍び込んだときに天井から落ちてきた紙切れを持ってきてしまっていたのだ。その紙切れに書かれている『抜き打ち前夜』という言葉の意味はわからない。たぶん、弟にとって大事なことを言っているのだろう。忘れないように紙に書いて天井に貼り付けていたのかもしれない。
そこで、私ははっと気づいた。
これが、優秀だからこそやらなければいけないことが頭の中に山積みにならなければおかしいのに、そんな弟が余裕を持って生きている謎の答えなのでは?
明日何が起こるのかを予想したり、やらなくちゃいけないことは何かを、弟は紙に書いて天井に貼り付けてるわけか。
私は思わず笑ってしまった。なんとかわいいことだろう。いちいちそんなことをする弟に余裕が生まれるのも当然か、当然だよね。そんなの真似てみようとは思わなかったけど。
そんなことがあった後の夕飯の席で、私は思わず「ふふっ」と含み笑いを漏らしてしまった。
「はあ? なんだよ?」
と弟が怪しげな顔をして聞いてきた。いつもクールな私が笑いを漏らすなんて、とても珍しいことだったのだ。
私は部屋に忍び込んだことを弟にさとられないように、いつもどおりのクールな態度で弟に接した。
「なんでもないわよ」
「ふうん」
弟はそれ以上何も聞いてこなかった。さっき部屋に忍び込んだこと、ばれてはいないようだ。
弟を笑い者にするのは気分がよかった。そうか。これが余裕を生むのだとも知った。これからはストレスがたまったらそうしようと思った。
そして翌日。
私は学校で驚くべきことに直面した。
数学の時間――。
担当教師は言った。
「よーし。今から小テストやるぞ」
驚きと不満の声が教室内を駆け抜ける。
「えええ~っ!?」
窓際のクラスメートが叫んだ。
「抜き打ちっスか!?」
その言葉に普段クールな私も思わず驚きの声を上げて取り乱してしまった。
「えっ!? ええっ!?」
幸いにして、私のこの取り乱しようは、同じようにみんなも驚いて取り乱していたから、誰からも気にされなかったようだ。
ああ、驚いた。違う意味で。
私はポケットから紙切れを取り出した。昨日、弟の部屋に忍び込んだときに天井から落ちてきた紙切れだった。そこには『抜き打ち前夜』と書かれていた。たぶん、マジックで。
抜き打ち、テスト!? 今日の数学の時間のことを言ってたの?
でも、待てよ。これは弟の抜き打ちテストのことじゃないの?
「――!?」
テストの用紙が前の席から回されてきたら、なんと、紙切れに書かれていた『抜き打ち前夜』という文字が、こつ然として消えてしまった。紙切れには最初から何も書かれてはいなかったというほど、うっすらともインクの跡は残っていなかった。
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