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案の定、それから私は徹夜してしまった。
当たり前でしょ。明日事故に遭うことがわかっているのに眠れるわけないじゃない。
弟はさっさと寝てしまうのかなと思ったら、あっちも徹夜してくれた。
げに素晴らしきは姉弟愛――か。
それとも、事故に遭った私の姿を見逃したくなかったのか。
私はいつも弟のことを見下していたけど、ごめん、ワガママだけど、今は弟からの愛を感じようと思った。
弟は壁の時計を見た。
「五時過ぎたね。今日の日の出は――五時二十九分頃か」
しばらく黙って、私は決意した。
「シャワー浴びてくる。救急車が来て運ばれるときに汗臭い女だなと思われたくない」
私はソファーから立ち上がり、弟は「どうぞ」と言った。
私は脱衣室でさっさと服を脱ぎ、いそいそと浴室に入り、熱いシャワーを身に浴びた。
湯気に包まれる中で、外が明るくなってきたことがわかった。
夜は終わった。
いよいよ、来る。
疫病神が。
脱衣室の方で人の気配がした。
すりガラスの向こう側、脱衣室内に人影が映った。それは何やら探しものをしている、そんな動きに見えた。
――ん?
ちょっと待った!
私はバスタオルだけを体に巻き、浴室と脱衣室を仕切るすりガラスの扉を勢いよく開けた。
弟と目が合った。
私の視線が、弟の驚く顔から怪しい手の方に移る。
弟は洗濯かごを漁っていた。
そこにはさっき脱いだ私の衣服が入っている。
つまり――?
「ななななんですとお? 何してんの、あんた!?」
弟は変態だったのか――!
「ななななななに疑ってんの? 何してるって? これは――」
「その手に持っているのは何か? 私に言わせるの?」
「あわわわ違う。これじゃない。これでもない。えー、えー、これだ!」
弟は洗濯かごの中の私のスカートのポケットから紙切れを見つけ、取り出した。
そこには事故前夜と記されていた。
しかし夜は終わった。
その紙切れは、今日、私に事故が起きるという予告状になっていた。
「何が、これ、だよ! どうも変だと思ってた。あんたの、姉を見る目が、変じゃないかって。そういうことか!」
「はあ? そういうことって? いや、違うって。僕は考えたんだ。ひょっとしたら、この紙切れを持っている人間に、この紙切れに書かれている出来事が降りかかるんじゃないかって! だったら、僕が姉ちゃんの身代わりに――」
「もはや問答無用。こンのおお! どさくさ紛れに、青い性をむき出しにしてんじゃないわよ! しかも、実の姉に! 成敗!」
私はバスタオル姿のまま弟に飛びかかった。
私と弟は脱衣室でバターンと派手な音を立てて倒れ込んだ。
そこへ慌ててママがやって来て――。
「朝からうるさいわよ、あなたたち――あっ!? ひいいいいっ!?」
バスタオルが体から落ちて全裸の私と、その裸の私の胸を鷲掴みにしている弟の姿を見て、ママは悲鳴を上げた。
「違うのよ、ママ。それ以上、背徳の想像をしないで!」
「そうだよ、母さん。官能小説を愛読するのはもうやめただろう?」
「はあ? なにそれ? もう、なんなのよ、この家! ママ! これは足を滑らせた事故! 事故なんだから――って、え? 事故?」
私は弟の手の中にある紙切れを見た。事故前夜と書かれた文字がすうっと消えていった。
こんな事故、あるの?
こういう形の事故になったのは、私達のせいだったのかもしれないけど。
しかし私の体から一気に力が抜けた。
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