63人が本棚に入れています
本棚に追加
執着のカケラ
「また会ったのよ」
「え、まさか市島と?!どこで?」
「バイト先に来た」
「バイトって、萌黄の大学のすぐ近くじゃん。サークルOBのご実家がやってる喫茶店でしょ?」
「うん」
「なんで、そんなとこに市島が来るの?」
ウワバミのアイ子から「ガッツリ飲めるけど、料理が美味しくてオシャレな店」に誘われた私は、おススメどおりのカルパッチョとカクテルに舌鼓を打ちながら、ため息をついた。
「去年の文化祭で、いい演奏する学生を見かけてて、紹介してくれる人がいたんだって。その帰りにたまたま寄ったって」
「本当かなぁ」
ボックス席にもたれかかって、アイ子が眉を顰める。
「一度や二度はそうだろうけど、三度は偶然じゃないよね」
「二度目だよ」
「同窓会に来てたじゃん。あれ、絶対わざとだな」
「わざとって?」
「だって、市島が来るのを知ってたら萌黄は行かないでしょ。……あっ」
ほんのり酔いが見えるアイコの瞳が上がった。
「今日のバッグって、同窓会にも持ってったやつ?」
「え?うん。普段使いもできるし、かわいいでしょ」
「うん、カワイイカワイイ。萌黄にぴったりって、そうじゃなくて。……ビンゴで景品もらってたよね」
「ああ、うん。特別賞のほうね」
「印のあるカード持ってたら、ビンゴに外れても当たっても景品ありって、結構な大盤振る舞いだったよね。何もらったの?」
「カエルのミニトートキーケース。便利よ」
「使ってんの?」
「うん。せっかくだから」
横に置いていたバッグをテーブルに乗せ、持ち手にカラビナでつけた、手乗りサイズの紺色のトートバッグを見せる。
「それ、結構ポケットついてるね」
「そうなの。でも、前面のポケットはただの飾りみたいで、使えないんだよね」
「使えない?なんで」
「口が塞がってるの」
カラビナを外してキーケースを渡すと、アイ子はカエルのイラストが描かれたポケットを擦り始めた。
「縫われてるわけじゃないんだ。……接着剤かな。ん?」
アイ子の手がピタリと止まる。
「これ、切ってもいい?気に入ってるなら、同じのプレゼントするからさ」
「もらったから使ってるだけで、特に思い入れもないからいいけど、どうして?」
「手触りが変なんだよね」
そう言いながら、アイ子は自分のバッグからソーイングセットを取り出して、糸切りバサミを手にした。
「っ!萌黄」
ハサミを動かしていたアイ子が顔をゆがめ、切り裂いたポケットの口を開けてこちらに向けてみせる。
「……なんか、入ってる」
「え?」
テーブル越しに体を乗り出してポケットをのぞくと、薄いネームタグのようなものが見えていた。
「うわっ」
ポケットに指を突っ込んだアイ子が中身をつまみ出して、おぞましいモノを見るような目つきになる。
「キーファインダーじゃん」
「キーファインダー?」
「忘れ物防止装置だけど、スマホと連動して、位置情報を確認できるタイプもあるんだよ。あたしもそれほど詳しくないけど、これ、サークルの先輩が持ってたやつと同じだと思う」
「え、そんなの、誰が……」
「市島しかいなくない?」
その名前が出たとたん、背筋にイヤな汗が流れた。
「でも、どうやって?」
「今回の幹事って、市島と同クラだった子だよ。準備でも手伝ってたんなら、景品を用意するときに仕込めるよね。ただ、絶対気づかれずにやってるだろうから、聞いたところで、幹事は何も知らないと思うけど。証拠なんて残す人間じゃないから、ヤツは。……おかしいと思ったんだ」
半分中身が残っていたビールジョッキをぐいっと傾けると、アイ子は手を上げて店のスタッフを呼ぶ。
「出席者に番号が振られてて、席が決まっててさ。テーブルの上にはビンゴカードが先に用意されてたじゃん?」
「受付で配ると、あとでもらってないって言う人が出てくるからって、説明だったよね」
「まあ、言い訳はいくらでもできるよね」
「……そうね」
アイ子がテーブルに放り投げたトートバッグをぼんやりと眺めながら、ため息が出た。
「これはあたしが預かって捨てとく。ヤツがGPSたどってウチにでも来たら、愉快だけど。ついでに、あの日に持ってたものはよく調べて。カバンには何かされてない?」
その言葉に不安になって、バッグから中身をひとつひとつ取り出してみたけれど、取りあえず、おかしな点はないようでほっとする。
「あと、高校んときに市島からもらったもので、処分してないプレゼントとかないだろうね」
「……どうだろう。そんな大したものは……、あ」
「なに」
「UFOキャッチャーで取ったって言ってた、”カエルくん”がうちにいる」
「それ、すぐ調べて。変なものが出てきたら連絡して」
アイ子に言われたことが頭から離れなくて。
家に帰ってからすぐに、市島くんからもらったことも忘れていた、バジェットガエルのヌイグルミの、縫い目をほどいてみた。
「うわぁ……」
出てきたものは、思わず声が出てしまうくらいの「変なもの」で。
(何がしたかったのかなぁ、彼は)
「変なもの」と腹を裂かれたバジェットガエルを机に放りだして、ベッドに倒れ込んだ。
「アイ子が怒るだろうなぁ」
気持ちを落ち着かせてから電話をかけて報告すると、案の定。
「うーわ、気持ちワル。でも、萌黄はちょっとボンヤリしすぎだからねっ」
「だって、当時はカレシだったし」
「もう別れる寸前だったじゃん。そんなヤツのプレゼントなんか、突っ返しちゃえばよかったのに」
「カエルに罪はないと思ったんだもの」
「中にそんなもん入れられて、トロイの木馬ならぬ、トロイのカエルじゃないの」
「ああ、バジェットガエルって、動きがとろいのよ」
「シャレで言ったんじゃないよ!」
「あら、違った?」
「あのねぇ、萌黄ねぇ。もうちょっと危機感をさ」
久しぶりに、懇々とアイ子からお説教を受けた夜だった。
◇
トクベツちゃんと膝をつき合わせたヨースケの顔が引きつっている。
「何が入ってたの」
「小型のボイスレコーダー。長時間録音できるタイプの」
その瞬間、ヨースケの目がつり上がった。
「なんだ、それ」
握ってる拳がふるりって震えて、すごくガマンしてるんだってわかる。
「思い出してみれば、”手芸サークルに入ってる従妹が、バザー出品作の参考にしたいって言ってるから貸して”って言われてたの。貸す前に別れちゃったから、存在ごと忘れてたんだけど」
「つき合ってるときに、内緒でボイレコ仕込んだってこと?何のためにだよ」
「まったくわからない」
トクベツちゃんの眉毛がきゅっと寄って、お母さんが頭の痛いときにやるような仕草で、おでこを押えた。
最初のコメントを投稿しよう!