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一日六食を平らげてもまだ食べ足りない顔をする、人間離れした食欲を誇る妹がごはんを食べない。
それだけで、事の深刻さは伝わると思う。
しかも原因不明の高熱が一週間も続いて入院中だ。
妹の瑚珠の異変に、兄の登は到底平静ではいられなかった。
口を開けば憎まれ口ばかりで癪にさわる妹だが、もう何日まともに声を聞いていないだろう。
がっしゃんがっしゃんとランドセルを鳴らして駆けてきて、空腹を訴える姿すら懐かしく感じるくらいだった。
「ずいぶん落ち着いたからね。疲れただろう。私がついているから家に帰りなさい、登」
制服を着たままの登の背中を、祖母の咲が優しく叩いた。
「でも……」
咲の顔も土気色だ。
こんなに元気のない咲を、登はこれまで見たことがなかった。
「俺が代わるよ、ばあちゃん」
「おまえはきちんと学校に行きなさい。大丈夫。瑚珠は強い子だからね」
強い口調の咲には逆らえない。
納得してはいなかったが、何度も後ろを振り返りながら、登は病院をあとにした。
秋の日は短く、外はもう薄暗い。
逢魔が時には気をつけなさいと、咲は口癖のように言うが、何に気をつけるものか、登にはわからない。
夜は登にとっては安心できる優しい時間帯だった。
物や、生死に関わらず人の心を感じ取る、いわゆる霊感が強烈な咲や瑚珠と違い、登は不思議なことを感じ取れたためしがない。
山田家の女性たちはモノの心に寄り添い親しむが、山田家の男性に生まれると、むしろそういうモノを跳ねのけてしまうのだと聞かされて育った。
登はそれが当たり前だと思っていたし、面倒がなくて便利だとすら考えていた。
つい今までは。
家の鍵を開けた途端に、夜の闇より濃い闇が家の中を覆っていた。
立っているのか、横たわっているのか、それとも逆さまになっているのか。
鼻先に持ってきた自分の指先すら目でとらえられない。
登は、弾き飛ばすことができない闇があることに慄いた。
理屈などではない。
本能が危険だと訴えかけてくる。
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