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第9話 ナマケモノ魔獣と僕たちと (1)
「リオにいさま!!」
「話は聞いているよ。見てもいいかい?」
「みてくれる? リオにいさま」
「もちろんだよ。おっと、そうだった。その前に、リディにユーリ。良く我慢したね」
帰宅し、応接室の隣にあるこの部屋にやってきたリオ兄さんに頭を撫でられて、ポロポロとディーの目から涙が溢れる。
そんなディーを、軽々と抱き上げて、リオ兄さんは腕の中でディーの背をぽん、ぽん、と叩き、あやしながら、ナマケモノ魔獣の傍を離れない僕のところにやってくる。
「……これは……」
ひどいね、とリオ兄さんが小さく呟く。
「それにこれは、ムロンド先生の回復のおかげだね」
「……せんせい、かおまっさおになってた……
」
ナマケモノ魔獣を見てすぐにそう言ったリオ兄さんにすごい、と心の中で呟きつつ、ムロンド先生の状態を伝える。
魔力枯渇とやらまではいっていなかったようだけど、だいぶ無理をしてくれたらしい。
「そうか。先生とは相性が悪かったんだね。けれど……かなり無理をしてくださったんだね。キグリ、先生はいまどちらに?」
「いまは隣の部屋で休まれています」
「そう。ではこのあとお礼をしにいかなくてはね」
にこり、と微笑みながら、リオ兄さんが僕の頭を撫でる。
「リオにいさま……」
「ユーリはこの子が心配でたまらない?」
「……うん。だって、いたいって、いってたの。みんながいなくて、さみしい、って」
「……言ってた?」
「こえがきこえた」
この子の、小さな声が。
そう告げた僕に、リオ兄さんが目を細めたあと、目尻をさげる。
「そう。聞こえたんだね。それはきっと、ユーリが優しいからだね」
「……それは……」
いや、それは違う気がする。
リオ兄さんにそう伝えようにも、リオ兄さんの優しい瞳に、言葉がとまる。
ふと、ピクッ、と視界の端に何かが動いたように見えて、リオ兄さんからナマケモノ魔獣へと視線を戻せば、魔獣の身体が、淡い水色に包まれている。
「リオにいさま、これは、リオにいさまのまほう? せんせいのとはちがうね?」
リオ兄さんにしがみついたままのディーが、兄さんに問いかける。
ムロンド先生の魔法も確かに効いてはいたけど、リオ兄さんが来てからのほうが、治りが早い気がする。
「ううん。魔法自体は先生と同じだよ。どうやらムロンド先生と違って、ぼくとこの子は属性が近いみたいだね」
「……ぞくせいが、ちかい?」
どういうことだろう。
リオ兄さんの言葉にディーとふたりで首を傾げる。
普通、回復魔法って言ったら、だいたい生き物全般なんじゃ?
そんなことを思いながらリオ兄さんの言葉の続きを待つ。
「なんというか……ムロンド先生は、人間のお医者様だからね。対ヒト用の回復魔法は当然得意なんだよ。でもね、魔獣に対しての回復は、魔法属性の相性で効果が全く異なってくるんだ。先生は光属性が強めだけれど、ぼくは地属性が強め。ということはこの子は地属性の魔獣、ということだね」
「…………そうなんだ……?」
「これからふたりも教わるから、いまは分からなくても大丈夫さ」
ぽそりと呟いた僕の頭を、リオ兄さんが撫でる。
その横顔は、ムロンド先生みたいに辛そうでなくて、ほんの少し安堵の息を零す。
「うん、これで傷は塞がったね」
「ほんとう?」
「おや、ぼくがユーリにうそをついたことがあるかい?」
「…………ない」
「ふふ。あとは、この子の体力と気力次第だね」
体力と、気力。
その言葉に、ナマケモノ魔獣の眠る布団の端を握りしめる。
元気になって欲しい。
キミが寂しくないように、キミの家族も探すから。
だから
「いまは、がんばって」
こんな事しか、言えないけど。
ユリウスと一緒に、祈ることしか出来ないけど。
小さく呟いた僕を、「大丈夫だよ」とリオ兄さんが抱き寄せた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぼくがちゃんとおせわするから」
「だが……しかしだなぁ……」
「おとうさま……」
帰宅し、あらかじめ事情を聞いていた父さんに、あるお願い事をしているのだが……なかなか首を縦に振ってもらえない。
一生懸命、自分が面倒をみるから。この子が回復するまで、ここにおいてほしい。
そうお願いをしているけれど……まぁ、そりゃあ難しいだろうなぁ、とは思う。
でも今、この子はひとりで野生では生きていけない。
「けががなおるまででいいの」
ぎゅう、と父さんのズボンを握りしめながら見上げれば、ううん……と父さんの唸り声が聞こえる。
「イーシャ」
「はい。スーロス、という種属であることは確認できております。あと、攻撃性はほぼ無いに等しいそうです。いま、王立図書館に遣いを出しておりますので、より詳細は戻り次第お伝えできるかと」
「ふむ、ありがとう」
「いえ」
部屋の入口に控えていたイーシャの説明に、やっぱり攻撃力ひくいんだなぁ、なんて思いながら、父さんとナマケモノ魔獣を見比べる。
そんな僕を、父さんはじっ、と見たあと目尻をさげ、僕の頭に手をおいて口を開く。
「ユーリ」
「はい」
「この子のお世話をするときは、必ず大人と一緒に。それは約束できるかい?」
「っ!」
する! 約束する!
その意味をこめて、大きく頷きながら「うんっ!!」といえば、父さんが優しく笑う。
「それから」
僕の頭を撫でながら、父さんは言葉を続ける。
「この子の怪我が治ったら、自然に、この子の仲間の元にかえす。その可能性もあるんだよ? さようならをしなくてはならない。それでも、お世話ができるかい?」
ゆっくりとお腹が上下するナマケモノ魔獣を見たあと、父さんを見る。
「みんなにあいたい、ってないてたの。だから、あわせてあげたい」
「……なるほど」
「さよならしなくちゃいけなくても、ぼく、わがままいわない」
きっと多分、絶対に寂しくなるけど。
でも、この子だってまだ小さくて、絶対に家族が恋しいはずだから。
その意志をこめて父さんを見れば、父さんが柔らかく笑う。
「じゃあ、しっかり見ててあげなさい」
「っ!! おとうさま! ありがとう!!」
ぎゅうっ、と父さんに思い切り抱きつけば、父さんが僕の身体をすっぽりと包み込む。
「ああ、そうそう。王立図書館で、いくつか本を持って返りてくるように一緒に話してあるから、ユーリも読んでごらん」
「うんっ!」
ばっ、と父さんを見上げながら頷けば、父さんが嬉しそうに笑う。
そんな父さんに、またぎゅうとしがみついた時、キュウウウゥ、と僕の中から音が聞こえた。
「ロモ!」
「おや、ユリウス坊っちゃん。どうされたのですかい?」
厨房を覗きながら声をかけた僕に、少し長い髪を後ろにひとつで纏めたロモが、笑顔で出迎えてくれる。
「お昼ごはんが足りなかったですかい?」
「ううん、おなかいっぱい!」
「おお、そりゃあ良かった」
夜の仕込みまでの少し空いた時間だったのだろう。
厨房の一角に腰をおろしていた彼のところへ駆け寄れば、笑顔のまま出迎えてくれる。
「んで、どうしたんです?」
座っていた彼が、視線を合わせようと椅子から降りてくれたのが見える。
わざわざ降りなくてもいいのに。
さり気なくしてくれる優しさに、相変わらず優しいんだよなぁ、なんて考える。
いや、ここの人たち、皆やさしいんだけど、ロモは特に僕たち子どもへ甘いというかなんというか。
「ごめんね、やすんでたのに」
「んなこたぁ気にせんでいいんですよ。可愛い坊っちゃんがオレのとこに来てくれるだけでも嬉しいんですから」
「…………ねぇ、ロモはこどもすきなの?」
背の高いロモのしゃがんで座っている膝につかまりながら問いかければ、ロモが困ったように笑う。
「あー、そうですねぇ。スキなんですけどねぇ」
「?」
何やら言いづらそうに頬を指先で掻くロモに、首を傾げる。
「いや、ほらねぇ、オレ、背もでかいし、顔も怖ェじゃないですか? だから、坊っちゃんぐらいの歳の子には、基本、泣かれちまうんです」
「そうなの?」
「そうなんですよ」
そう言って、ロモはまた困ったように笑う。
まぁ、うん。
決して甘くて優しい顔、ってわけでもないし、なんだったら、過去に1人2人消した事ありますー、って言われても納得できそうな顔つきではある。
ぶっちゃけ職業、料理人です、って言われるよりは、裏稼業です、って言われたほうがしっくり来る感はある。
あるけども。
でも、僕たちと話しているロモは、いっつも目尻さがってるし、瞳に鋭さだって無いし。
「ロモはこわくないのにね」
その証拠に、ディーだってロモに懐いてるじゃんね。
そんな思いで、そう告げれば、ロモが嬉しそうに笑う。
そういえば、うちにいる人たちって、前の居たところで色々あったりしてる人も多いんだっけか。
ぼんやりとそんな事を思っていれば、「リディアお嬢様といい、ユリウス坊っちゃんといい……嬉しいもんですねぇ」とロモが目尻をさげっぱなしで笑う。
「ああ、そういやぁ坊っちゃん。用事があったんじゃあないんですかい?」
顔が緩みっぱなしのロモに、そう言われて、ハッ! と短い息がでる。
「そうだった! あのね、リンゴとか、モモって、いまある?」
「果物ですかい? ありますよ。剥いてお部屋にお持ちするようにしましょうかい?」
「んーん。そうじゃなくてね、あの、すりおろしたやつがほしいんだけど……」
「すりおろし? ああ、スーロスにあげるんですね、坊っちゃん」
ポンッ、と手を叩きながら言ったロモに、うん、と頷けば、ロモが嬉しそうに笑った。
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