第11話 ナマケモノ魔獣と僕たちと (3)

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第11話 ナマケモノ魔獣と僕たちと (3)

「みんな、やさしいなぁ……」  突然、庭にあらわれた傷だらけのナマケモノ魔獣を助けたいと願った時、拒否されてもおかしくなかった。  にも関わらず、ここの屋敷の皆が小さな命のために一生懸命になってくれた。 「いいひとばっかだなぁ」 「んーうぅ……」 「ディー?」  すう、すう、と僕のベッドで、お気に入りのうさぎのぬいぐるみを傍らに、隣りにいる僕の服の裾を掴んだまま規則正しい寝息と小さな寝言をこぼしたディーに、くすと短く笑う。  気持ちよさそうに眠るディーの頭を軽く撫で、広げていた本へと視線を戻す。  本来ならまだまだこんなしっかりした本を読めない年齢のせいか、執事たちが用意してくれた本は、大きめな挿絵がベースで、その隙間を埋めるかのように、びっしりと魔獣たちの生態についてと観察記録のようなものが書き込まれている。 「ほんと、べんりなきのうだなぁ」  するすると読めていく文章に、ワクワクする気持ちが加速していく。  時々、分からない言葉と意味もあるけど、それはあとで兄さまたちに聞くとして。 「えっと、このページかな?」  紙が挟まれたページを開き、「おぉ……」と思わず声がこぼれる。  △▽魔獣【スーロス】  攻撃力はとても低く、気性も穏やか。  群れを作ることは極めて稀で、作ったとしても多くても5、6頭程度の少数での群れしか見かけない、らしい。  基本的には動かないため、身体に魔素が蓄積されやすく、身体の一部が魔石化しやすいと報告されている。 「また、そのませきのじゅんどはたかく、それらは」  ―― 違法な価格、闇市場で取引されることも多いと聞く。  そんな説明文に、ぴたりと口が止まる。 「だから、あのこも、きずだらけだった……?」  この世界の魔法は、とてもファンタジー世界らしく、空気中の魔素を体内に取り込み魔法行使の詠唱時に、魔式化することで魔法として使えるようになっている。  と、初バー公式サイトにも、ガイドブックにも記載されていた。 「えいしょうはしなくてもつかえるはつかえるんだよね、たしか」  より安定し、より確実に魔法を行使するなら詠唱はしたほうがいい。  それがこの世界の一般常識というやつで。 「それにえいしょうはろまん」  一度くらいはやってみたい。  アレとか、あの技とか。  そんなことをツラツラと考え始め、横道にそれてきていることに気づきふるふると頭をふる。  確か、魔石は、魔素が長い時間をかけて、鉱物や植物などに蓄積することで形づくられる、んだよな?  んで、高純度の魔石は鮮やかな色と輝度で宝石としても人気があり、魔石に合わせた魔法をこめておけば、いざという時の魔法行使のブースター代わりにもなる。  大事な人の旅立ちや、相手を護るために、贈ることも、一般的だと、ゲームの中でも言ってたっけ。 「でも」  本に描かれている挿絵のスーロスに手を置いて、もぞ、と背中に置かれているクッションにもたれかかり、目を閉じる。  瞼の裏に浮かぶのは、浅い呼吸を繰り返す魔獣のお腹と、傷だらけだった身体、3本爪の一本が折られ、痛いと泣いていたあのこの姿。 「きれいごとだって、わかってるけど」  そもそも、魔獣についた魔石は、成長の段階で自然と身体から剥がれ落ちるか、魔獣本人の意思で引き渡されるか、もしくは、彼らの命が絶たれるか。 「さいごのがいちばんかなしい」  そもそも魔石は魔獣じゃなくたって、採取できるし、高純度のものだって、簡単ではないにしろ作れるのに。  人を襲う魔獣がいることも、理解はしてるけど。  でも、やっぱり。 「なんか……なぁ」  自分ひとりでどうにか出来るわけもないし、そんな大それたことをしたいなんて思ってもいないけど。 「うちのりょうないだけでもいいから」  害意をもたない魔獣たちの、あんな悲しいことが、なくなればいいのに。  ディーとお揃いのうさぎを抱きしめて、顔を埋める。  ぬいぐるみの柔らかな手触りに、このうさぎよりも少し硬かったナマケモノ魔獣の毛並みを思い浮かべながら、重たくなった瞼をきゅ、と閉じた。  ◇◇◇◇◇◇◇ 「ねぇ、しょーご」 「んー?」 「ぼく、思ったんだけどさ?」  うだうだと考えてはいたけども、幼児が睡魔に勝てるわけもなく、お昼寝タイムであっさりと眠りに落ちたらしい。 「いや、その前にユリウス?! 久々だよな?」 「そうだっけ?」 「そ う だ よ」  むにい、と目の前にいるユリウスの頬を軽く引っ張れば、ユリウスはひゃひゃひゃと楽しげに笑う。 「だって、しょーごの世界、面白いんだもん」  ぽぽん、という音ともにユリウスの手もとに見覚えのあるものたちが現れる。 「あ」 「しょーごの言ってたユーリってこの人でしょう?」  自分の部屋に、大事に大切に飾っていたフィギュアたちの一部が目の前に現れて、「うぉ……」と思わず声がもれる。 「もう見れないのかと思ってた」 「ふふふ、ぼく凄いでしょ?」 「うん、普通に凄い」 「あとね、これも、しょーごの大事なものだよね?」 「これ……」  はい、と渡されたのは、一冊の小さなアルバム。  開かなくても分かるそれに、一瞬にして目頭が熱くなる。 「ごめんね、本物は持ってはこれなかったんだ……」  しゅんとした顔で謝ってくるユリウスの頭を「ありがとな」と言いながら撫でれば、「ん」と小さな声が返ってくる。  フィギュアも、アルバムも、ずっと使っていたノートも、あいつが「これいらないからあげる」、と押しつけてきた某漫画のグッズの懐中時計も、全部、ぜんぶ「透けて」いるけど。 「いつか、ここも……ここも消えちゃうのかもしれないけど! でも、ぼくは此処をしょーごの大事なもので、いっぱいにするつもりなんだよ!」  ほんの少しの間だけ、ユリウスが泣き出しそうな顔をしたように見え、「ユリウス」と名前を呼びかけた直後にはもう、えっへん! と何やら自慢気な表情で胸を張っている。 「……」  テンションの落差にオジサンついていけてないんだが。  そんなことを考えるこちらを気にすることなく、ユリウスは笑顔で口を開く。 「だから、しょーごも、それ以外も、ちゃんと持ってきてね!」 「それ?」  それって、どれ?  嬉しそうに笑うユリウスの指差した先、自分の足元にあったのは、眠る直前まで触れていたうさぎのぬいぐるみで、理解の追いつかない大人は「は? え?」と単語を繰り返す。  そんな自分を見て、ユリウスはさらに楽しげに笑って、「よいしょっと!」とうさぎのぬいぐるみを持ち上げて抱きしめた。  抱きしめた、のだが。 「いや、なんかデカくなってない?!」 「ふふ、体感はこんな感じだよねぇ」  もふもふ、とぬいぐるみを抱きしめながらいうユリウスに、「いや、まぁ、確かに」と思わず頷けば、「でしょ?」とユリウスはまた楽しそうに笑う。 「ねぇ、しょーご」 「んー?」 「あのこの触り心地は、もうちょっと固いんでしょう?」  大きくなったぬいぐるみを抱きしめながら言うユリウスの問いかけに、ズキリ、とした胸の痛みを感じたまま、「そうだな」と頷く。 「でもきっと、お風呂に入って、ちゃんとブラッシングしたら、ふわふわになるんだろうねぇ」 「かもなぁ」  動物園で育てられているナマケモノの毛並みは柔らかいと聞いたのは、いつだったか。 「しょーご」 「どした?」 「しょーごは、なんだと思う?」  ぴこぴことユリウスにいじられるうさぎの耳が揺れる。 「何が?」 「ぼくたちはまだ見たことはないけど、聖獣にも魔石はついてるでしょ?」 「ああ、確かに、そんな描写あったな」  そう答えながら公式ガイドブックのページを思い浮かべる。  確か、某神の作画の、某ゲームのカーバンクルみたいなのは居なかったけど、 「でも、聖獣たちは、人間たちに魔石を奪われない、でしょう?」 「そう、みたいだな」 「聖獣と魔獣の違いって、何なんだろうねぇ」  純粋な疑問として、ユリウスが発した言葉は、【公式ガイドブック】には載っていなかった部分の話で。  今の自分が生きている世界の【知識】は不足しかない自分には答えることができなかった。
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