68人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「……あ」
「ユーリ!!!」
「あ、こらリディ!!」
「まあまあ」
ベッドの縁に腰掛け、控えめなノック音に、応えた直後。
ドアが開くと同時に入口から走ってきた水色髪の超絶美少女が、ベッドにしがみつく。
「ユーリ、まだいたい?」
「もういたくないよ。ディー」
「目が覚めたんだね、ユーリ」
「エルにいさま」
ぎゅうぎゅう、と布団から出ていた僕の、小さくなった手を同じくらい小さな手が握りしめる。
そんな彼女を、「レディは走らないんだよ。お姫さま」と笑顔を浮かべながらエル兄さんこと、長兄リフィエルが、僕がディーと呼んだ超絶美少女の妹リディアのわきの下に手をいれて、ひょい、と持ち上げる。
流れるように妹を持ち上げたエル兄さんは、やはりそのまま流れるように用意された椅子へと腰をおろす。
もちろん、抱き上げたディーを自身の膝に乗せることも忘れてはいない。
エル兄さんの膝の上に乗せられて、『ボク』と似ても似つかない美少女は嬉しそうに笑う。
そんな兄妹を、ぼんやりとベッドの上から眺めながら思う。
なぁ、運営。やっぱり配役間違えていたのでは。
とある事故により(自分のせいなんだけど)、ぶっ倒れ、目を覚ませば、ふっかふかのベッドで寝てたわけだけども。
どういうわけだか、目を覚ました時に、「あ、自分、転生したんか」と自覚した。
そうして、唐突に思った。
いや、あの子の髪質じゃ、縦巻きロールは一生無理だろ、運営。
どう見てもディーの髪、さらっさらだぞ? あんなぐるぐるの縦巻きロールなんてディーには絶対に無理だろ?!
と。
思い返してみればずっと、自分の中に、二人の人物がいたのを、幼いながらにこの身体の持ち主、ユリウスも分かっていた。
どういうわけだか、ユリウスが生まれた時には、もう自分はこの身体の中にいた。
時々、唐突に日本のことを思い出してはいたものの、いかんせん、ユリウス自身がまだ幼くて、それがどういうことなのかも分かってなかったし、僕自身も、誰かにそれを伝える術も持ってなかったし。
そのうえ、一つの身体に、僕とユリウスのふたりが存在していることへの違和感を覚えることもなく、いつの間にか、それが当たり前になってしまっていた。
生まれ始めていたこの子、ユリウス・シュプレングルの自我と、前世日本人だった僕、前原翔吾。
世界も年齢もバラバラだったにも関わらず、上手い具合に混ざり合ってしまったせいで、僕、ユリウスことユーリは、この世界の人間として、前世のことを気にすることなく、順調にすくすくと育っていたのだけれど。
本日、ユーリ3歳3ヶ月。
とある事故により、自分が転生者だったのだ、ということを、無事(?)に思い出し、今に至る。
にぎにぎ、とディーが握っていないほうの手のひらをグーパーしてみても、やはりどう見ても小さいし、どう見てもここにいる兄妹も日本人じゃないし。
っていうか、日本人じゃないどころか、そもそも地球じゃないの確定だな……?
ていうか画面越しだった世界なのも確定だな……??
なんて、考えていれば、目を赤くしたディーと目が合う。
……泣いてたのか。
そう思い、ディーに握られている手に力をいれれば、ぎゅう、と握り返される。
水色の髪色、灰色がかった綺麗な瞳、長い睫毛に、薄いピンク色の唇。
整った顔の、超絶美少女。というか幼女。
あのスチル絵に、面影があるか、と言われれば……まぁ……あるっちゃある。
ー 『わたくしに不可能なんて言葉は通じなくってよ!!!』
ちょっとよく分からない決め台詞? をゲームの最中でちょいちょい叫んでいたゲーム内の成長した彼女。
勝ち気な性格、少しあがった目尻、滲み出る貴族オーラ。
今は、そのどれもが感じられないけど……あ、貴族のオーラは多少……? あるのか? まぁ、でも、今のディーからは、悪役令嬢になる未来なんて想像がつかない。
…… 一体なにがあんなにもディーを変えたんだか。
そんなことを思いつつ、ディーを見れば、きょとん、とした顔で首を傾げる。
うん、やっぱりここ、確実に某乙女ゲーの世界、だな。
だって首を傾げただけなのに、無茶苦茶に、破茶滅茶に可愛い。
なにこの可愛い生き物。
妹に半ば脅されながらやらされてたあの乙女ゲー『初恋burglar 〜貴方に盗まれた初恋、貴方へ捧げます〜』こと『初バー』の世界、で間違いない。
だって、顔ならまだしも、呼んでる名前も国の名前も、全部一緒。
たまに見えてたスチル絵と、部屋の中も一緒。
逆にこれで違うっていうなら、あらゆる意味で驚く。
あー……つか、よりにもよって乙女ゲーに転生かぁー……
まぁでもダンジョンで命の危険にさらされるより全然いいかぁー。
そんな事を思いながら、思わず、ふう、と息を吐けば、もうひとりの兄、二人目のリオ兄さんこと、セフェリオが、ディー達とは反対側に立ち、本当に辛そうな顔をしている。
「まだ痛むかい?」
そっ、とユーリの後頭部に触れながら問いかけてくるリオ兄さんに、「もういたくないです」と答えれば、リオ兄さんが優しく頭を撫でてくれる。
その様子を至近距離で見ながら、やっぱ絵になんなぁー。あの絵師が作画担当だもんな……そりゃあ人気でるよな……某SNSでもめっちゃ盛り上がってたしなぁ、なんて思いつつ。
てか、うわー、本編前はこんな感じだったのかぁ。めっちゃ仲いいやん、この兄妹! 本編はいるまでに何があったん……なんて、起きてからはフル稼働している脳内でせわしなく脳内データを整理しながら眺めていれば、ぎし、とベッドのきしむ音がすぐ傍から聞こえる。
リオ兄さんが僕と同じようにベッドの縁に腰をおろし、僕の手首に巻かれた布に触れながら、本当に辛そうな顔をしている。
ごめん、ともう一度、小さく呟いた声が、幼いはずなのに、なんか…………エロい。
ていうか。
いや、ていうかイケボ!!!
この兄もそうだし、美少女と戯れてる長兄もそうだけど、イケボすぎん?!!!
あと美少女も声かわいすぎん?!!!
え、なにこの世界?!!! リアル体験って、え、こんな凄いの??!!
RPGと乙女ゲーやりこみヲタクだった妹に、クリアのために手伝わされたゲームは数知れず。
一般人よりもヲタク寄りで、でも、専門知識はほとんど無い、という中途半端な立ち位置だった僕でも分かるくらいに、声がいい。いや、顔もいいけど。
あ、しかも有名なあのやりこみ型RPGゲームのキャラ達の声に似ている。え、声優さん同じだったの?!
あ、ていうか、ユリウスの愛称って、『彼』と同じじゃん。うわ、やっべ、ちょっと、テンションあがる。
そんなワクワクしはじめた僕とは反対に、リオ兄さんの目が、スッ、と冷たいものを宿す。
「あの執事たちはきっちり首にするからな」
「だがその前に何処からの差し金なのか」
「我がシュプレングル家に喧嘩を売ったこと、後悔するがいいさ」
「ユーリに傷をつけるなんて、許せるわけがない」
え、傷?
執事……? 差し金……? 喧嘩……?
え、この世界って物騒なん?? ほのぼの魔法学園ラブストーリーって謳ってなかったっけ???
え、超絶イケボイケメンが二人揃って一体なにを???
そう思った瞬間。
「あっ!!!!!」
「ひゃっ?!」
突然おおきな声を出した僕に、ディーが驚きの声をあげる。
ごめん、ディー!!
でも、いまはそれよりも!!!
「にいさま!!! ふたりはわるくない!!! ぼくたちをかばってくれた!!!!」
「は?」
「キグリとメイジーは?!!」
「え、いや」
「ふたりをたすけて! にいさま!!! キグリとメイジーはぼくのいのちのおんじんです!!!」
思っている以上に、はっきりと喋れないのは、この際どうでもいい!
あのふたりに非はまっっったく無い!!!
むしろ僕を庇ってくれたんだよ!!! 兄さん!!!
「イーシャ!!」
「すでに手配済でございます」
僕の渾身の叫びは、どうやら廊下に待機していた執事たちにも聞こえてたいたらしく、慌ただしくかけていく足音が聞こえる。
「……足音……及第点ですな」
大声で叫んでしまった割には、進展の速さにポカンとしていれば、ぼそり、とそんな呟きが聞こえる。……あの声は、執事長イーシャだ。……この呟きは、この際きかなかったことにしよう。
あ、それよりも喉が。
「こほっ、けほっ」
「ユーリ」
こほっ、と咳き込んだ僕に、リオ兄さんがお水を差し出してくれる。
コップを受け取る自分の手は、小さい。
目が覚めてから、一番初めに目にしたこの手。
大人になり、社会人一年目として、多分ブラック企業だったであろう会社で、必死に働いてた『僕』ではなく、小さな小さな柔らかい手。未来がたくさん詰まった小さい手。
そして、手首に残る、魔法でも消えない傷跡。
どうして消えないのか。
消えない理由が、なんだったのか。
喉の渇きを潤すと同時に、なぜだか分からないけれど、解ってしまった。
『日本人としての僕』は、もう何処にもいないのだ、と。
いまあるのは、この小さな身体と、心の中で、翔吾の頭をたどたどしく撫でてくれる優しい小さなユリウス。
そんな彼の人生を奪ってしまった恐怖心が、彼の家族に囲まれている今、唐突に襲ってきて。
「っふ、う」
「ユーリ? どうした? 何処か痛いのか?」
ぼろ、と溢れた涙が、自分の涙腺の崩壊を知らせた。
最初のコメントを投稿しよう!