第2話 乙女ゲーなだけあって、みんな、顔面偏差値たっけぇなぁ。

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第2話 乙女ゲーなだけあって、みんな、顔面偏差値たっけぇなぁ。

 そんな僕たちを見て、姉、ディーと同じ、水色の髪色をしたリオ兄さんの髪が、はらりと揺れる。  ー ボクだけ、ちがういろ  ……ああ、うん。そう、だね。  ユリウスの父方にも、母方にもない、ユリウスのキャメル色の髪色。  ユリウスだけ、の髪色。  物分りの良すぎるユリウス。  ユリウスはそんなことは気にしなくていいのだ、と問いかけたユリウスに、大人たちはそう言った。  どうして、と問いかける勇気も、ユリウスにはなくて、時々おもいだしては、小さな胸が痛んでいたことを、僕もずっと知っていた。  だって、ずっと一緒にいたから。  気にしないように。  幼いながらに、そう気を張っていたユリウス。  けれどあの日。  うちに来ていた業者のおじさんの息子に言われた言葉が、小さなこの子には、気になって気になって、気になって。  僕とユリウスは、小さな身体で無茶をして、背丈よりもはるかに高い図書室のハシゴを使って、本棚から本を取り出そうとして。  バランスを崩した。  手のかからない静かな坊っちゃんだったユリウス。  普段、執事たちの目を盗んでイタズラをする。  そんな事をしてこなかったユリウスが、まさか、自分の背の倍もあるハシゴを使うだなんて、執事たちも思ってもいなかったんだろう。  図書室に帯同してきてはいたものの、ふと見たら自分の仕える主人の息子が、今まさに事故ってる真っ最中だなんて。  あの二人にはとんでもなく悪いことをした。  今度、父さまにお願いして特別報酬を出してもらおう。  ていうか、その前に。  ちびっ子ユリウスが、そんな無茶をしてまで取りたかった本は、この国のおおまかな歴史と、国民性をまとめてある、ひいひいじいちゃんの記したらしい手書きの本。 『日本人だった僕』なら、ハシゴなんてものも使わずに、軽く踏み台でも使えば届く高さだったけれど、ちびっ子ユリウスには、勇気がいる高さだったに違いない。  そうしてまで、それを取りたかった理由。  それは。 「っひっ、ぼ、く」 「うん」  泣きすぎて、息が続かない。 「ぼく、だけ」  ああ、うん。分かってるよ。ユリウス。  誰も、ちゃんと教えてくれなかったもんな。  ずっとつらかったよな。  声が、うまく出ないよ、ユリウス。  ユリウスの、吐き出せなかった思いに、ずっと見てきただけのただの自分ですら、胸が痛い。  ひくっ、ひくっ、と、うまく息の出来ない僕たちの背が、トン、トン、とあやす様に、リズムを作るように、優しく叩かれる。 「ゆっくりで良い。声が小さくてもいいんだよ。兄さんに教えてくれるかい?」  泣きすぎて、ぼやけている視界に、至近距離でリオ兄さんの顔面が映り込む。  こつん、と当たったおでこ。  ぎゅう、と握りしめたのは、布団じゃない布地。 「ぼく、だけ」 「うん」 「……ぼく、だけ、ちがうっ」  かろうじて、吐き出した息と一緒に言えた言葉に、リオ兄さんのユリウスをあやすリズムが、ほんのわずかにズレた。  その結果に、ーー ああ、やっぱり、そうだった。  心の中のユリウスが、小さく呟いたあと、ユリウスが僕の手を、ぎゅっ、と握りしめて、僕に強く抱きついた。 「……やっ、ぱ」  やっぱり、と声に出したのと同時に、ガバッ、とリオ兄さんの腕が僕をしまいこむ。 「そんなわけないだろ!!!!」 「っ?!!!!」  耳元で聞こえたリオ兄さんの大きな声に、思わずビクッ、と身体が動けば、リオ兄さんの手が、ユリウスの後頭部を、少し乱暴に自分に押し付ける。 「ユーリはオレたちの弟だ!! 誰になんて言われようと、オレたちの弟!!! お前が、お前たちが産まれた時に母上の傍にいたオレが、絶対に保証する!!!」 「リオ、にい」  え、リオ兄さん、母さんの出産たちあったの? え、どういうこと?  ユリウスの喜びとともに、湧き上がった疑問に、リオ兄さんの名前を呼びかけた時、「やぁぁぁ!!!」と大きな泣き声が背中から聞こえる。 「やだぁぁぁあ」 「?!」  何事?!!  そう思って振り返れば、大きな瞳からボロボロと涙を零しながら、エル兄さんにしがみついて泣きじゃくるディーと、そのディーをあやしながら、泣きそうになっているエル兄さんと目が合う。 「エルに」 「ユーリィッ!!!」  僕の声に反応したらしいディーが、エル兄さんの膝の上から必死に手を伸ばしている。 「ユーリ、はっ、ディー、のおとーとなのー!!! ほかのひとにはっ、メッ! なのぉー!!」  じた、ばた、と僕たちの名前を泣きじゃくりながら叫ぶディーの声に、バタバタと廊下を走る音が聞こえてくる。 「ユーリ!!! リディー!!! どうしたっ!!!!」  ザッ、と片足でブレーキをかけ、部屋に飛び込んできた水色の髪色の人が、兄さんと僕たちを見て、目を大きく見開く。 「とう、さまっ」  父さん、びっくりしただろうなぁ。  ただでさえ息子が怪我して倒れたっていうのに、目が覚めたら目が覚めたで、子どもたちが揃って大号泣してるんだから。 「ユーリ? リディ、一体……おまえたちも、一体なにが」 「父上」 「何だ?」  リオ兄さんが、ひくっひくっ、と短い息で泣く僕を抱きしめながら、父さんへと声をかける。 「ユーリは、オレたちの弟ですよね?」 「当たり前だろう? 一体なんの」  僕の髪を撫でながら問いかけたリオ兄さんの声に、父さんがハッと短く息を吸いこみ、すぐに僕の前へ来て、床に膝をついた。 「とう、さ」 「そうか。気にしてしまっていたのか……すまないユーリ。ちゃんと話しておくべきだったね」  ふに、と僕の頬に触れ、涙を拭ったであろう父さんが、僕とおでこを突き合わせる。  うわー、美形のドアップー。イケオジってこういう顔を言うんだろうなぁ。  なんてことを思うと同時に、「ちゃんと」って何だよ、と心臓がドクリ、と嫌な音をたてる。  妙な胸騒ぎって、やつ、だろうなぁ。  そんな僕のぐるぐる回る考えなんて、父さんは知る由もなくて。  優しい笑みを浮かべて、父さんが口を開く。 「心配しなくてもね、ユーリはリリアナとわたしの子だよ。それは疑いようの無い事実だ」 「……でも……」  ちら、と父さんの髪を見れば、父さんが、うん、と頷く。 「そうだね。ユーリの髪は、わたしたちとはちょっと違う色だね」 「……うん……」 「けれど、ユーリのこの髪色は、わたしが大好きだったお祖父様、ユーリたちから見ると曽祖父だったアシュリアスお祖父様と同じ色なんだよ」 「ひい、おじい、さま?」 「そう。もしかしたら髪色もそうだけれど、ユーリは性格もアシュリアスお祖父様に似ているかもしれないね」  ふにふに、と僕の頬を触りながら、父さんは笑う。  気がつけばいつの間にか、下に降ろされていたディーが、とてとて、と歩いて父さんの横に並ぶ。 「ディー……」 「め! なの! ユーリはディーのおとうとなの!」  父さんの服を握りしめながら、ディーが僕を見て力強くいう。  ー 『あんなの弟でなくってよ』  片手に、武器かなそれ、みたいな扇子を持ってパシンパシンと音を出していた画面越しの17歳のディーの姿が脳内をよぎる。  ……ゲーム開始前の僕たちになにがあったかは分からない。  けど、いまのディーからは、そんな台詞、想像もつかない。 「ディー……」  ん! と手を伸ばしてきたディーにつられて、自分もとディーに手を伸ばせば、ぐらりと体勢が崩れる。  落ちるっ?!!  そう思ったものの、ぐい、とお腹に回っていた身体が支えられる。  その腕に、隣を見上げれば、僕の身体がぽすん、とリオ兄さんの身体にもたれかかった。 「父上、言っただろう? ユーリは聡い子だって」  僕の頭によせられたリオ兄さんの頬が動いてくすぐったい。 「……ぐ」 「それに繊細だよ、とも伝えたはずだよ? 父上」 「……ぐぐ……」  エル兄さんと、リオ兄さんに詰め寄られ、父さんが困った顔をしたまま、言葉に詰まる。  ちら、と見えた水色が父さんの腕の下から、顔をだし、僕を覗き込んでいる。 「ユーリ」 「ディー」 「いなくなっちゃ、や」 「……ん」  差し出された手も、きゅ、とその手を握りしめた僕の手も、互いに小さい。  ー 『軽率に話しかけないでくださる?』  バシッ、と誰かの手を乱暴に振り払っているゲームの中のディーの姿が頭に浮かぶ。  ……この子は、あんな目をしていない。  誰も彼もを拒絶しているような、そんな目。  けれど、いま目の前にいるのは、目を真っ赤にした小さな双子の姉。  家族とともに生きて、家族の愛情を全身に受けている幼い女の子。  唐突に。  どうしてだか分からないけど、僕はこの子を守らなきゃいけないんだ、と、なぜだか今、強く、強く、そう思った。
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