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第3話 枯れてたらどうしよう。
状況を整理しよう。
心配をかけたのはよく分かってるし、母さんがすぐに帰ってこれなかった理由も、分かっている。
王妃様主催のお茶会なんて、よほどのことじゃない限り欠席できないし、早く切り上げてこれたのも、王妃様と母さんの仲だから、ってことも分かってる。
けどさ? これは一体……
「どういうじょうきょうなんですかね……」
「ユーリ、本当に本当に本当に良かった……!!!」
父さんに続き、母さんまでエラい勢いで帰ってきた。と思ったら、さっきからずっと何故か抱きしめの刑に合っている。むしろ今も。
ぐりぐりぐり、すりすりすり、ぷにぷにぷに。
膝に僕をのせた母さんの手は、休むことなく、僕の全身をこねくり回している。
……母さん、不安になるといっつもこうなんだよなぁ。
大きくなったエル兄さんとリオ兄さんは今はもう滅多にこの被害者にはならず、今は僕かディーのどちらかに限定されている。
……ちょっと、ディー? 羨ましそうにしてないでくれないか……
羨ましいなら喜んで変わるけど?!
そう思いながらディーを見れば、目が合ったディーか嬉しそうに笑う。
……違う、そうじゃない。
未だに止まらない母さんのわしゃわしゃに、そろそろ限界値を迎えかけた僕が、「かあさま」と声をかければ、母さんの手がピタッと止まる。
その隙に、体勢を整えて、母さんに向き合う。
身体の向きはかえられなかったから、膝の上から、そのまま振り返って母さんを見上げるような体勢なのは、もう諦めるとして。
じい、と母さんを見上げれば、優しい薄いオレンジの瞳と目が合う。
僕と同じ、オレンジ色の瞳。
あれ、なんだ。
合ったじゃないか。みんなと、家族と同じ色。
合ったじゃん、ユーリ。
自分の中で、隣で笑うユーリにそう告げれば、ユーリが泣きながら笑う。
なんか、よく分からないけど、それだけで、僕とユーリの距離が、また一歩近づいた気がする。
「なぁに?」
「ふあんなときは、すきなものをだきしめたり、すきなあいてとおはなしをするといいんだそうです」
「まぁ、そうなの?」
「はい。なので、ぼくはわしゃわしゃされるより、かあさまにぎゅーってされたいです」
「……!!」
わしゃわしゃ回避のために、うまく回らない口で、どうにかこうにか伝えれば、母さんが驚いた顔をしたあと、ぎゅう、と優しく抱きしめてくれる。
不安だから、と好きなものを愛でる行為も良いけど、抱きしめたほうがオキシトシン、いわゆる幸せホルモンが分泌されやすいらしいしねぇ、と母さんからのハグを受け入れながら、翔吾としての知識を思い出す。
なんていうか……この世界、そもそも結婚する年齢が早いから、母さんは普通に若いし、綺麗だし美人だし、髪さらさらだし、父さんの好きなふんわりとした甘い香り(なんのだか分かんないけど)をこっそり纏ってたりとか、翔吾としての自分だったら、この状況って死ぬほどドキドキするんだろうけど。
いやだってこんなとびきりの美人にバックハグされてんだよ? 考えるだけで無茶苦茶ドキドキするじゃん?!
この状況やばいじゃん?!!
って、頭の中では、すっげぇ思ってるんですケド。
けど、実際、今はその……なんていうか……自分でも驚くくらいにドキドキしない。していない。
下心……僕の下心どこにいった?? ってくらい、1ミリも芽生えなかったし、母さん、胸がめっちゃ当たってんだよなぁ。すっげぇ柔らかいんよなぁ、とは思うけど、そういや家にこんな感じのクッションあったな、どこだったっけ? みたいな感想しか思い浮かばない…………
え、あれ、なんていうか……もしかして僕、若干3歳にして、もう枯れている……?
ぎゅうぎゅうと続く抱きしめの刑を、ひとまずはそのまま受け流していてふと思う。
……僕、将来、恋愛できるんだろうか、と。
こんなに魅力的な人が目の前にいるのに、何も思わない自分に、ひどく驚き、動揺をしかけたものの、「いや待てよ?僕だけの身体じゃないんだし、こんなものかもしれん」と今度は妙なところでやけに冷静になった。
3歳と22歳。
上手いこと融合した結果、恋愛方面に枯れてしまっていたら、ユーリ、本当にごめん。
そんなことを、つらつらと考えていれば、ユーリが純真無垢な眼差しで首を傾げている。
……いや、まだいいか。
こんな無垢な少年なんだ。これが当たり前なのだ。
そう言い聞かせていた時、コンコンッ、と部屋の扉が叩かれた。
「リリー、少しいいかい?」
「あら、あなた。どうされたのです?」
ひょこ、と顔を覗かせた父さんに、母さんが首を傾げる。
「諸々が終わったからね。ふたりを連れてきたんだ」
ふたり?
ふたり、とは。母さんに抱きつかれたまま、そんなことを考えていれば、父さんに続いて、イーシャが部屋へと足をふみいれ、母さんに頭を下げる。
「ああ、待っていたのよ。はやく入ってらっしゃいな」
どうやら母さんは知っていたらしい。
楽しそうな表情の中に、ほんの少しだけ、違う感情が混ざっている気がする。
……なにその複雑そうな表情。
そんなことを思いつつも、部屋の入口へと視線を動かしたその時。
赤い髪色と、黒い髪色が見えて、僕は思わず彼らの名前を叫んだ。
「……お怪我がなくて、本当、本当に……っ」
ぐしゃぐしゃな顔で泣きながら喋るメイジーに、「なんと感謝を申し上げれば良いのか……」とキグリが肩を震わせながら頭をさげ、顔をあげてくれない。
母さんに解放してもらい、ふたりのところまで歩いて、下から顔を覗けば、メイジーはともかく、クール男子のキグリの目にも涙が溜まっている。
……うん、本当にごめん。
僕が無茶をしたせいで、寿命が縮む思いもしただろうな……あとは……キツイ罰を与えられる、とか職を失う、とか、バッドエンドなこと、めちゃくちゃ考えただろうな……
ふたりともめちゃくちゃ良い人だしな……
そんなことを思いながら、ふたりの服を、ぎゅう、と掴めば、ふたりが弾けるように僕を見た。
「ぼっ、坊っちゃま」
「ユリウス様っ」
「キグリ、メイジー」
ふたりの名前を呼んだ瞬間、ふたり同時に、顔を伏せてしゃがみこむ。
「あの、おはなしがあるんです」
なので、顔をあげてくれませんか、と。
そんな意味をこめて、くい、くい、とふたりの服を引っ張れば、ふたりがそろそろと顔をあげた。
「ふたりとも、ごめんなさい」
ふたりの服は、掴んだまま、頭をさげれば、「ぼ、ぼぼぼぼ坊っちゃま?!」とメイジーがものすごい慌てた声をだす。
「ユリウス様、我々の不徳の致すところです。貴方様が我々に謝罪などしてはなりませ」
「でもぼくがわるいんだよ」
キグリの声に被せるように言えば、「ユリウス様……」とキグリが小さくつぶやく。
「あぶないことはしない。とどかないものは、とりますからね、ちゃんといってくださいね、って、キグリはちゃんといってくれてた。そのやくそくをまもらなかったのは、ぼく」
そう告げれば、キグリの目が大きく見開かれる。
「だから、キグリはわるくない。キグリはじぶんがけがをするかもしれないのに、ぼくをからだでうけとめてくれたし、メイジーだって、まほうでたすけてくれたでしょう?」
多分、落ちる直前に感じたあれは、メイジーが咄嗟に使ったのは風の魔法だろう。
はしごから落ちた僕の身体の下にものすごいスピードで駆け寄り滑り込んでくれたキグリと、少し離れた場所から、咄嗟の出来事にも関わらず、的確に魔法を使ったメイジー。
「だから、ふたりにはごめんなさいと、ありがとう、でしょう?」
夢中で掴みすぎて、ふたりの服に皺が刻まれている。
でも、いま、ここで手を離したら、ふたりとも、居なくなってしまう気がした。
こんなにも優しくて勇気があって、かつ有能な人、滅多にいないし。日本でもほぼ見たことないし。
「ふたりは、けがはないですか? だいじょうぶ?」
そう問いかければ、キグリの瞳からもメイジーの瞳からも、はらはらと涙がこぼれてくる。
え、やっぱり怪我してたんじゃ?!
思わず、ぎゅ、とさらに力をこめて彼らの服を握りしめれば、「ユーリ」と僕を呼ぶ声がする。
その声に振り返れば、父さんが僕の隣に来て、僕と目線を合わせた。
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