第5話 乙女ゲーなのに設定が重い。

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第5話 乙女ゲーなのに設定が重い。

「……せっていがおもすぎる……」  何なの、ユリウスから聞かされた衝撃の事実。 『僕(たち)は4歳で死ぬ』  社会人一年目、入社した会社がブラック企業すぎて23歳で過労死した日本人が、異世界に転生したと思ったら、え、なに、次はたった4歳で死ぬの? え、マジで?  いや、ないわ! ない! 無理だし!!  せっかくあのヤバイ会社と先輩と上司から解放されたのに、次の人生は4歳で死ぬとか、ぜっっっっったいに嫌だ!!  そんなフラグは断固拒否!! だ!! 「まほうとがくえんらぶすとーりーとは……?」  ユリウスとの脳内会議は、現実世界では1秒も時間がすぎていなくて、そのことも僕の脳の混乱をただひたすらに後押ししてくる。 「ユリウス様?」 「坊っちゃま?」 「あ、ううん。なんでもない」  ぼそぼそ、と呟いた僕の言葉の意味は、誰も知ることなんてなく。  かろうじて返事をして、小さく吐いた息とともに、ある決意は一旦、頭の端のほうへと追い立てていく。 「あ」  でも、そういえば今からでもやっておかなきゃいけないものがあるか。  早いに越したことはないよな。  そう思い、ぎゅ、とふたりの服を握りしめたまま、ふたりを見やる。  ……確か、この家の執事たちって、皆もれなく……  突然じぃぃ、と自分を見つめ始めた僕を、ふたりが不思議そうな表情を浮かべた。  まぁ、浮かべた、っていっても、ほんの一瞬だったけども。  でも、やっぱり、色んな意味で鍛えられてるんだなぁ、なんてそんな事で思い直し、ふたりの服を掴んだまま、父さんを見やる。 「とうさま」 「何だい?」 「ぼくも、にいさまたちみたいに、べんきょうをしたり、けんやまほうのれんしゅうをしたり、ギグリみたいにシュバッとバババッっとうごけるようになりたいです」  そう告げた僕の言葉に、ニコニコ顔だった父さんが、その顔のまま驚きの声をあげた。 『4歳直前に死ぬ』 『叔父上の管轄する領地に行った帰り道、崖くずれに巻き込まれる』  ユリウスが4歳直前で僕たちが死ぬ、と発言したあと、頭の中に流れてきた映像、という名の画面いっぱいの文字は、多分、運営なりの気の利かせかただったのだろう。  グロテスクな映像ながしたらR15とかになっちゃうもんね?! 「いつなんだろう……」  突拍子もないことを言い出した僕に、父さんは驚き少し困惑しつつも、嬉しそうに快諾をしてくれた。  けれど、ひとまずは今日は危ない目にあったばかりだから、とまだ眠くもないけど、またベッドへと逆戻りをさせられている。  パタパタと廊下を走る音が、少し開けられているドアの隙間から聞こえる。 「みんな、いそがしそう」  もしかして勉強したい、なんて言い出したから余計にみんなが忙しくなったのか??  そんなことを考えて、すぐにじゃなくても良い、と伝えておかなければ、とベッドから抜け出した時、「ユーリ」と小さな声で名前を呼ばれる。 「……? ディー?」  声のしたほう、開いているドアから、ちょこん、と水色と灰色がこちらを覗いている。  小さな手に、大きなうさぎのぬいぐるみを抱えたディーが、目が合うと同時に、てとてとと部屋の中へと歩いてくる。 「ユーリ、いっしょにおひるねしよう?」  そう言って、首を傾げたディーとともに、彼女のお気にいりのうさぎの耳も揺れる。 「ねれなかったの?」 「んーん。ユーリといっしょにおひるねしたくて、まってたの」 「そか」  眠たそうな目をして話すディーの手を取れば、ディーが嬉しそうに笑う。 「あ」 「なぁに?」 「ちょっとだけまってて」 「うん」  部屋の真ん中あたりで合流したディーにそう告げれば、ディーは僕のベッドへと、てとてとと歩いていく。  その様子を見届けてから、僕はドアの向こうにいるであろう人たちに声をかけた。 「ユーリ、うさちゃんいる?」 「ぼくはだいじょうぶ」 「じゃあうさちゃんはこっちね」  よいしょ、とディーの問いかけに答えながら布団の中に潜れば、真ん中に置かれていたうさぎのぬいぐるみが、僕と反対側、ディーの左隣に並べられる。 「ねぇ、ユーリ」 「なに?」 「ユーリ、おべんきょうするの? にいさまたちみたいに」 「したい、ってとうさまにおねがいしたところだよ」 「そっか。じゃあわたしもいっしょにする!」 「まだはやくない?」 「はやくないよ! ユーリがするんだから、わたしもいっしょにするもん」 「……そっか」  ぎゅう、と握りしめられた手は、思ったよりも力強く、ディーの意思の強さのようにも思える。 「ねぇ、ディー?」 「なぁに?」 「とうさまも、かあさまも、にいさまもだいすきだよね?」 「うん! ユーリもだいすき! イーシャに、ハンナに……おやしきにいるひとたち、みんなだいすき!」  指折り数えながら言うディーの声も顔も、嘘偽りなんてものは一切感じられない。 「ユーリも、でしょう?」  もぞ、と僕に顔を向け言ったディーの綺麗な灰色の瞳と目があう。  その瞳に、「そうだね」と頷けば、ディーが嬉しそうに笑う。 「だからね、あのね。わたしね、みんなと、ずっと、ずぅっといっしょ、に、いた」 「……ディー?」  喋りながら、うとうとしている。  そんなことを思っていたら、案の定、ディーは話している最中に眠ってしまったらしい。  ずっと、一緒に。  脈略のなく語られた言葉。  その言葉を、違えることなく守りたいし、守っていきたいけど。 「……いきのこりをかけたできレースにならなきゃいいけど……」  この家族が、この屋敷の人たちが、大好きだから、なおさら、まだ天寿を全うなんてしたくない。 「……しにたくないなぁ……」  目の前にいるディに、キラキラと何かが舞っているように見える。 「きれーなひかり」  それが何なのかを考えようにも、何故だか突然、猛烈な眠気が襲ってくる。 「……きえ、ない、で」  消えないで欲しい。  そう思った直後、意識がとだえた。  ◇◇◇◇◇◇◇◇ 「エル」 「ああ、リオも来てたのか」 「うん」  並んで眠る下の妹と弟のベッド横に椅子を置き、兄エルが静かに本を読んでいる。  その近くに、音を立てないように椅子をもう一つ置けば、エルが読んでいた本に栞を挟む。 「……泣いていたよ」  ぽそり、と呟いたエルの声に、ちら、と彼を見れば、エルが辛そうな顔をしたまま、弟たちの布団をなおす。 「ふたりとも、泣いていた」  小さな子は、感受性が豊かだというが、きっと兄が言いたいのはそういう事ではない。 「……気づいていたのに、気づかぬフリをしてしまっていたね。ボクもエルも」 「……ああ」  学院の入学を控え、ニ年早く入学済のエルに発破をかけられながら、勉学に、武術に、魔法に、と慌ただしく過ごす中。  甘え上手な妹と違い、末弟のユーリは何かを求めることなく自分から何かを発することもあまり無かったようにも思える。 「自分たちが3歳の時って、どうだったんだろうね」 「……さぁなぁ……」  流石にそんな歳の記憶は無いな、と笑うエルの視線は、弟たちに固定されたままだ。 「なぁ、エル」 「なんだ?」 「……多分、同じことを思ってると思うけど、あえて聞くけど」 「ああ……?」  エルが読んでいたのは、経営学の本。  エルが読み、ボクが読み、きっと、弟の手にも渡る。 「うちの親族は基本的に、家族を溺愛するひとたちしかいないだろ?」 「……まぁな。実際、可愛いし」 「まあね。それでもさ。ボクたちの家柄上、どうしても家督問題は発生する」 「……するな」 「だからこそ、確認しておきたいんだ」  そう言ったボクを、兄エルの視線が捉える。 「将来、ボクとエル、どちらが家督を継いだとしても」 「「弟たちは自分たちが養う」」  一言一句、まったく同じ言葉が、互いの口から出る。 「そんなこと当たり前だろう?」 「知ってる。けど、当たり前が当たり前じゃなくなる時も来る。そうだろ?」 「……まあ、な」  エルとボクが、当たり前だと思っていたユーリとの繋がりも、第三者の何気ない発言で、いとも容易く壊れるところだった。  相手に悪気があろうと、無かろうと、ユーリが気にしてしまった。それは紛れもない事実。  この幼い弟の心が傷ついたのも、事実。 「充分に愛を伝えていたつもりだったんだが……」 「……まだ足りなかったみたいだね」  そう呟きながら、ユーリたちへと視線を戻したボクに、「ああ」とエルが小さな頷く。 「……兄さん煩い、とか、兄さん邪魔です、とか、言われるくらいに帰省の度に構い倒すとしよう」 「……うわー……初めの内は心が折れそうじゃない? それ」 「大丈夫だろう? だってこの子は、シュプレングル家の子で」  オレたちの弟だろう?  家族が大好きで、身内に甘い、うちの家系。  それはきっと、しっかりと弟にも根付いているはずだ。  そう言って、弟の頭を優しく撫でる兄エルに、「……兄さんも大概だよね」と笑いを噛み締めながら言えば、「お前もな」とエルはクツクツと静かに喉を鳴らして笑った。
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