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ある日の午後
「伊刈さんってば…どうしてそんな、笑顔なんすか…あんなに迷惑かけられたのに、優し過ぎですってば…!本来ならもう少し怒っていいところだと思いますよ…なんなら俺が直接、奴に文句言っちゃいましょうか? あーーーほんと、ムカつきますよね、あの人…」
職場の同僚の田中君が、僕に怒ったような表情で、話しかける。
「あ…あ、うん…そうだよね…怒るところだよね…ほんとに…腹立つよね…」
僕もうなずきながら同意する。
「ほら~~~…伊刈さん、優しいから…腹立つとか言っても、全然そんな風に見えないすよ…。その笑顔だもん、どうしてそんな、いい人なんすか…俺がむしろ代わりに怒りたいくらい、悔しいっす…」
僕より5つも下の後輩の田中君が、
本当に親身に、僕の立場になって怒ってくれている…。
僕の直属の上司自身が犯したミスを、対外的な理由でなんとなく僕がかぶる形になって…結果、なぜだか僕が対外的にも処分されてしまう…みたいな、あまりにも理不尽な話に…会社の対応が進んでいるからだ…。
僕が優しい…?笑顔…??
とんでもない…っていうか、
むしろ、生まれてから今日まで、ずっと怒ってますけど……
…てか、なんで僕が…主任のミスを引っ被って人事異動…?
意味がわからない…
田中君がどう感じようと、
僕は普通に怒っている… 見てわからないかな
ムカつき度、超MAXなんですけど…
世の中の不幸で悲しいニュースを目にする際、なんだか少し笑ったような表情でアナウンスする、そんなキャスターをテレビでたまに観る。
「なんだよ…こいつ、へらへら…人の不幸話、ニヤニヤしながら話すとか…キャスター失格じゃないか…」
なんて、…言われたりするけど…
僕は声を大にして、言いたい…そのキャスターをかばいたい…。
口角が上がっているんだよ ~~~ん
もともと…生まれつき… そんな顔… 表情は、変えようがない…。
ただ、それだけだ…
そもそも僕は…もともと怒りっぽい性格で、仕事でも私生活でも些細なことでイライラしちゃってるんだけど、顔が…完全に笑顔…。
何度試しても無駄… とにかく怒っても、笑顔 …
口角…筋肉…?の、問題かしらん…
「伊刈さん…今回ばかりは、僕… 伊刈さんに…マジで怒って欲しいんす…」
田中君がまだ…僕の後ろをちょこちょこ、ついてくる…
ずっと僕は怒ってるって言うのに…信じてくれない…。
本当にずっと前から、生まれた時から僕は怒り続けてるのに…
イイ人、何をしても怒らない人、気が長い人、忍耐強い人…
僕の評価はいつもそんなものばかり…。
ちくしょう。
もういいや、…もともと怒りっぽい僕… そういえば、人生…
笑ったこと、ないかも…
僕は…田中君の怒りを、なんとか沈めたかった…。
僕のために…こんなに怒ってくれる田中君にどうにか気持ちを伝えたい…。
「田中君… 本当にありがとう… もう僕、大丈夫だよ…」
僕は振り向く。
田中君を真っすぐに見つめて、
多分、人生で初めてだ… ふんわりと笑った…。
僕のこの気持ち…
田中君に届け…
「 … うっ !!… … …っ…
っひ、いっ…伊刈さ…
ひっ… ぎっ … ぎゃああああああ …!」
田中君が… ものすごい悲鳴を上げて、僕の前から瞬時に消えてしまった…
いや、正確に言うと、猛ダッシュで、走り去った…。
え…
何、その反応…
なんでそんな、反応… 人を化け物、みたいに… ?
僕は、そのままトイレに直行する。
僕の人生に、すごくいいことがあったことを最大限、頭の中で想像する。
宝くじが1億円当たった。
会社一の美人の中川さんと結婚した。可愛い天使のような子供が生まれた
皆に笑顔で祝福された…とか…そんな、ありえない未来…を精一杯、想像する…
鏡の前で、渾身の力で、微笑んでみる。
にっこり…
そこにいたのは…いたのは…
「うっ…!! っひっ… …!! あああ … ぁ」
僕は、… 僕は… 鏡の中の自分自身…の顔に、小さく悲鳴を上げた…。
嘘…
何… 僕って… こんな…
笑うと…こんな、… なの…
僕は…恐らく汚いであろうトイレの手洗い場の床に、力を無くしてぺたんと座り込む…。
田中君…
もう、僕とはきっと、
口…聞いてくれない気がする…。
決めた…もう僕、…
一生… 笑わない…。
そんなわけで、
…僕はいつも、毎日、ニコニコ笑いながら日々を過ごしている…。
もちろん、怒ってない… …
僕の顔見たら、誰でもわかるほどには…
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