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時刻は早朝、午前六時五十二分。ふとモニターから視線を外すと、窓の外に美しい東京の夜明けが広がっていた。
それは神秘的な光景だった。
生まれたての光が、無機質なビルたちにぽつぽつと命を吹き込んでいく。橙と薄水色がじわじわと混ざり、新たな色を生み出していく。私は思わずキーボードを叩く手を止めて、その景色に見とれていた。
朝日って、なんでこんなにも染みるんだろう。
光度でいえば目の前の27インチのモニターの方がクソほど発光しているのに。太陽の光って、偉大だ。
人間の胸の、奥の奥まであっためてくれる。
「明けたね……」
「うん、明けた」
斜め前に座る彼女に話しかけると、彼女はパソコンから目を逸らさずに言った。
せっかくの窓際の席だけれど、入社十年目である私たちは十七階からの眺望なんてとっくのとうに飽きていた。そんなことより仕事である。いかに課長のご機嫌をとりながら企画を承認させるか、いかに部長から小言を言われずに稟議を通すかを考える方が圧倒的に大事なことだった。
ずっと眉間にしわを寄せていた彼女は、親の仇かというようにパーンとキーボード叩くと、ようやく手を止めた。
「終わった?」
「うん。今度はバックアップも取った」
はぁ、とため息をつく。椅子に背を預け、空を見上げた。そっけないジプトーン柄の天井。まるで私の心の中みたいに無感情だ。
彼女が後ろを振り向き、ようやく夜明けの空を拝むと、小さく呟いた。
「私たちってさ……不幸だと思わない?」
それを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。
今の状況を、端的に表しすぎている。
「……そうだねぇ! でもまぁ、いい朝日が見れたからいいじゃない。それに……」
私は鞄から〝とっておき〟を取り出し、デスクに置いた。
「これを見たら、そんなことも言えなくなるでしょ」
裂きイカに、特大タラコおにぎり。缶ビールも、二本ずつ。
ペラペラのコンビニの袋に入った、自分たちへのご褒美。不敵に笑ってみせた私を、彼女は輝く瞳で見つめ返す。
「え、やだー! 気が利くんだから!」
「どうせこうなるだろうと思ってね。みんなには内緒よ」
私たちは同時にプルトップを引き、顔を見合わせた。
「じゃあ改めまして……」
「明けましておめでとう!」
勢いよく合わせたビールは、デスクに盛大に零れた。
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