一.あの頃

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

一.あの頃

鬼門岳(きもんだけ)が笑っている。 黒褐色の山肌に鮮やかなつつじの(あか)。 曲線を描くように咲き誇るそのつつじが、 眉尻をさげている。 そんな、表情をうかべているようだ 正式な表記は『気門岳(きもんだけ)』 だが、いつしか市民はその山を『鬼門岳(きもんだけ)』と表現するようになった。 それは、怒り狂った鬼が炎を噴火した 19〇〇年6月にさかのぼる。 島河(しまかわ)市民は忘れないだろう。 鬼門岳は半島の中央部にそびえる火山帯。 最高峰の万寿新山(ますしんざん)をはじめ、東の箕山(みやま)から西の坂嵜山(さかざきざん)まで、 総計20以上の山々から構成される。 その山々が何事もなかったようにそびえたつ。 男が一人、その場所にカメラを手にし降り立った。 __「大丈夫か!大丈夫か悠斗!」 今でも遠くで叫ぶ声が耳に残る。 自分たちマスコミの過熱報道がなければ、 あの惨劇はなかったのかもしれない。 少なくとも友を失うことは___。 男は、天高く飛んでいくひばりの行方を目を細めて追いかけた。 いつまでも、どこまでも飛んでいくその姿を背に、 今では優しく微笑む気門岳、いや鬼門岳が雄大に笑っていた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!