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三.飲み込んだ炎
「逃げろ!一旦逃げろ!」
黒い泥人形が黒煙の中から次々に姿をあらわし、神崎達が乗る消防車にすがりついてきた。「大丈夫か!大丈夫か!」真っ黒に焼けただれた皮膚をむき出しにした消防団員たちが次々と山から下りて来る。
「助けて!」
あれから、すぐに出動した火災先は、どこかの建物でもなく、
いつも優しく故郷の町を包む山の頂だった。
その山が今まさに地獄絵図に変貌していた。
皆、足元はふらつき目はうつろ。
仲間が駆け寄り、倒れかかるように抱きかかえられ、
救急車に運び込まれた。
救急車はサイレンをとどろかせ、県立第一中央病院へ突っ走る。
猛熱で溶けた長靴、体中が灰に覆われて誰なのか顔、年齢さえ判明できない。
「水を……。」言葉も途切れ途切れだ。
「赤茶けた煙のようなものが突然近寄ってきて一瞬何が起こったか分からなかった……。」
神崎は心臓を強く叩き、改めて鼓動が波打っていることで
今生きていることを、再確認する。
「神崎!これ以上、山には近づけない!早く、一旦撤退するぞ!」
同僚の悲痛な叫び声が飛び交う。
そんなこともお構いなしに、そびえたつ鬼門岳はあざ笑うかの如く、溶岩を吐出し続ける。
同時に不気味な爆発音が聞こえたと思ったら、瞬く間に一面に降りそそぐ灰。
空を覆う黒雲と、鮮やかな火砕流のコントラスが見る者の足を一旦止めてしまう奇妙な魔力に惹かれる。
「早く!戻るぞ!」
けたたましいサイレンの音が次々と元来た道を引き返していく。
震えていた。
引き返す道中で、震えている自分に神崎は気づいた。
何もできない自身に対して。
それが怒りの震えなのか、恐怖の震えなのかは分からなった。
ただただ、車中のサイドミラーから見えるのは、次々と炎と煙が民家を飲み込んでいく様。
早く、もっと早く。
逃げないと、この消防車も飲み込まれる。
どちらが先に町にたどり着くか。
「あっーーーー!」
『人命救助』という
自分の使命が何一つできていないことに、なすすべもない怒りを覚え、神崎は奇声を発した。
突如、無線から悲痛の声が聞こえる。
「民間人、消防隊員に負傷者が多数出た模様!第一中央病院へ急げ!」
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