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「くそっ!」
怒りにまかせて走らせた車は
とうとう、これ以上は進めないという灰のバリケードに阻まれた。
すぐ傍まで火砕流が押し寄せてきている予感がする。
立道はすぐさま、車を降り、視界に入った灰に覆われた民家に駆け込んだ。
まさか人はいないと思って玄関を開け放った瞬間、
誰もいないと思っていた家の奥から、声がする。
「おい、そっちの状況はどうだ?火砕流はどの付近だ?」
靴のまま、恐る恐る敷居をまたぎその声の方に近づく。
台所と思われる扉が開けっぴろげだ。
そこから覗いた異様な光景が目に飛び込む。
「あぁ驚いた。あんた、どこの記者さんだい?」
受話器を片手に足組をしている男が立道に気づいて尋ねた。
冷蔵庫から無造作に取り出した茶を一気に喉に流し込んでいる男もいる。
「あんたたち、何を?」
詳しく聞かなくても、立道はその者たちが身に着けている腕章を見て気づいた。
同業者だと。
こんな状況であるのに、一向に驚くこともなく男は受話器を耳から離さない。
「あんたたち、その電話は誰に使用していいか聞いたのか?」
さも、自分の持ち物のように使っている同業者に違和感を感じた。
「まぁまぁ、あんたも同じ同業だろ。こんな緊急事態の山の中に、入りこむとはそれなりのおみやげを持って帰ろうとしているんだろう?」
「おみやげ?」
外から異様な爆発音が聞こえ出した。
「あぁ、こんな機会めったにないもんな。世間が驚くような画をとって報道すれば、一気にスターだよな?」
「あんたら!だからと言って、被災地の物を勝手に使用していいわけではないだろう!」
思ってもいない言葉が口から飛び出した。
その心を見透かしたように
「ふんっ、あんたも俺たちと同じだろうが。少しでもいい画を撮るためには多少の犠牲を……。」
そうにやける男の姿が、修羅場と化した病院で、無遠慮に被災者から話を聞きだす自身とだぶって見えた。
突如、受話器を握っていた男が立道をさえぎるように手をあげる。
「何!全員強制的に避難勧告だと!」
電話先から聞こえたのか、その
言葉通り、窓の外から見える噴火の勢いは激しくなってきている。
「ここまでか……。」
ポツリとつぶやく立道の言葉とは裏腹に、
「行くぞ!あと少しだ!」
受話器を投げつけた男が、もう一人の男に言い放つ。
アシスタントと思われるその若人は必死に男についていく。
「行くってどこに行くんだ!避難しないと俺たちもあぶないぞ!」
二人は立道を振り返ることもなく、玄関口から勢いよく飛び出した。
「あいつら……どうなっても知らんぞ。」
目の前には押し迫る火砕流と煙。
立道の足は山を下りるために車に戻ろうとした。
見上げれば頂から舐めるように流れ落ちていく溶岩の川。
チリチリと焦げるような肌の匂いが火砕流が近づいていることを予感させた。
突如、今までの人生が走馬灯のように、立道の脳裏を駆け巡る。
これといって取り柄がない自分。
皆が眩しく見えた学生時代。
そんな故郷から逃げるように早く出ていったはいいが、
仕事でこれといった成果も出ず。
あげくに愛する者にも別れを切り出される自分。
眼下にせまる火砕流のマグマのように、
自分に対しての怒りが沸点に達した時、
立道の足は自然と駆け出して行った。
火砕流が迫る道を。
まっしぐらに前へ。
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