思いのエネルギー

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思いのエネルギー

「いいですか? 国民の皆さん、これは義務ではありません。ダメだと思ったら行かなくても良いんです。しかし、仕事で疲れた体を癒すため、ストレスから身を守るための手段として利用して頂ければと思います。現在に我が国の労働環境は……」  現在、政権を率いている政党で環境大臣である清水の声は自信に満ち、波のように穏やかなので、話をすり替えられたのにも気づかれない程だった。  世界レベルで資源は尽き、エネルギー問題が益々加速する世界に新たなエネルギー供給方法が開発された。それが感情エネルギーである。怒りや喜びなどの感情が原因の行動で使うはずだったカロリーを脱力センターという施設でエネルギーとして変換するというものである。つまりは怒って人を殴ったり説教したりだとか、悲しくて泣いたりするエネルギーを有効活用しようというものなのだ。  勿論、反発も多かった。感情を奪うなだとか我々はロボットじゃないだとか。しかしそんな国民も節電、節約が続く世の中と天秤にかけたのか、清水の頑張りのおかげか、次第に賛成派も増えていった。  数年たち、葛藤があったエネルギー改革はこれ以上の案がないという事で可決された。辺りには車社会から脱却した後に負の遺産となったガソリンスタンドを再利用して脱力センターが建てられる。最初はそれほどエネルギーは集まらなかったものの、同時に行かないと電気代やガス代が高くなるという事が起きたので次第に人は集まりだした。  最初は義務的に行っていた国民たちも次第に自主的に変わっていった。金曜の呑み会の代わりに、愛犬や愛する人との別れから立ち直る為。その用途は様々で有効活用されるようになっていった。  無限に湧き出る泉のようなエネルギーシステムは政治家や一部の国民にも感銘を与えたのだ。 「総理、上手く行きましたな。これで我々、環境党はイロイロとやりやすくなりますな」 「君がこの案を持ってきたお陰だよ。私は電力会社やガス会社に裏で働きかけたに過ぎない。後のことはこちらに任せてもらっていいのかな?」 「ええ、私は環境問題を第一に考えていますから」 「ふふ、君はそういう人間だったなぁ。まぁ私からしたら言論の統率ができることが一番のメリットだけどなぁ」 と笑みを零す。清水は不思議そうに尋ねる。 「と、言いますと?」 「感情をエネルギーに変えてしまうって事はデモや反対勢力なんかも鎮圧できるって事だ。義務じゃないがな、こちらにも策はあるんだよ。外装を喫茶店やホテルなんかにしてだな……そもそも清水君、君がこの話を持ちかけてきたんじゃないか」  清水はそーでしたなと言って高らかに笑う。それより更に低い笑い声が重なり、今後の国の舵を思うように取れる事になった事に祝杯をあげた。  しかし、このまま上手くいくと思っていた矢先にとんでもない情報が出回った。この会話の一部がマスコミに流出したのだ。国民の怒りの矛先は総理に向けられる。何とかしようと簡易的な脱力センターを配置し、警察も使って強引に感情をエネルギーに変えてしまう。しかし、メディアでは絶えずその報道ばかりがされているので、国民の感情は怒りと落ち着きを何度も繰り返す。完全にイタチごっこである。 「清水君!どうなってるのかね、これは!!早く何とかしたまえっ!」  額には汗の水滴が結露した窓ガラスのようになっていて、鋭い剣幕でこちらに迫ってくる。 「今、早急に手を尽くしています。どうか総理、落ち着いてください。今はメディアにこれ以上叩かれる材料を与えたくありません。身を隠していただけないでしょうか」 「そんな事は分かっているんだ!」  と部下から荷物をひったくり、ホテルへと消えていく。清水はその様子を見て、軽く笑みを浮かべて帰路に着いた。    清水は自宅の書斎で物思いに耽る事が日課になっていた。長かったなぁとテープレコーダーを見て思う。自分利益しか考えない奴らの腰巾着になるのは不愉快だったが、こんなヤツらに国を任せてたまるかという強い思いからここまで来れたのだ。総理に対しての怒りでエネルギーは想像を超えるペースで溜まり、私が国を獲る頃には数年分を賄える力があるだろう。そうすればエネルギーには多少無理をさせた政策も取れるだろう。他国にこの技術を同じ手で売ってもいい。もう少し泳がせておいてもいい。なんにせよ、人の感情は強いものだ。
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