雨と夜とホットミルク

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雨と夜とホットミルク

   いつもならすぐに寝落ちてしまうのに、今夜の礼は入浴後、ベッドへ入るまでに時間がかかってしまった。    眠れない夜には、思い出すことがある。  灰青に煙る街。息苦しいほどの高い湿度、降り注ぐスコール。  先を行く、二つの影。  乗り出した身を抱きとめられ。伸ばした手は届かない。  やまない雨が容赦無く地面に打ち付ける。  目の前で失われた二つの命。  記憶の中でも降り続く雨が、ランタナの赤い花とともに全てを押し流す。  このまま眠りについて見るのは、悪夢しかない。 ***    暗い部屋、慣れないベッド。まだキンダーガーテンを卒業したばかりの子供には、このベッドは広すぎた。  そもそも子供部屋ではない、大きな家のゲストルーム。自分の部屋に戻ることはないと聞かされたのはつい昨日のこと。両親の葬儀の後だった。  ブランケットが落ちないくらいの動作で、ベッドを降りる。暗い廊下には一筋の明かりが漏れていて、まだ誰かが会話をしているのが聞こえていた。  近づいてドアノブに触れ、「喉が渇いたの」。言葉の数は最小限で。それだけ言えばいいのだと思った。  手を止めたのは聞こえた言葉のせい—— 「礼を日本へ連れていってくれるんだな」 「ええ……やはり……もいいと……」 生まれてからしばらく一緒に住んでいた祖父と、両親が死んでからずっと一緒にいてくれているおじさんの声だ。 「礼はここにいてはいけない……だから」  いてはいけないのは、なぜなんだろう。  父さんも母さんもいなくなった僕はどこへ行けばいいのだろう。  不安で抱えていたイルカの抱き枕を床に落とすと、ドッという音と共に部屋の中からふたりが出てきた。 「礼、眠れないのか」 祖父が自分を抱き上げ、泣くのを堪えた顔を覗き込む。 「ホットミルクを作ろう……」 優しいひと。でも、僕はここにいてはいけないと言ったひと。 きっともう会わない。 ***  あれからずいぶん経つのに、まだ昨日のことのよう。  何度も寝返りを打ち、落ち着かないまま目を閉じる。    あの時と同じ、雨の匂いのする6月。礼が来日して間もないまま迎える、明日は中学校の初日。  忘れることのない、自分の世界に色がついた日。
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