俺を買うひと

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俺を買うひと

「もしもし? 」  港湾地区。田村蒼生(たむらあお)は自宅近くの運河の脇を歩きながら、アシンメトリーにカットされたチャコールグレーの髪を搔き上げる。通話を空振りして軽く舌打ちし、留守電を残す。 「俺。さっき病室覗いたけど、検査って聞いたから。また電話する」 相手は母親。この付近の病院へ入院してから季節はふたつも変わっているが、蒼生は面会に気乗りしない。今日の留守電も定時連絡のようなものだ。 見上げた空は雨が降りそうで降らず、鉛色で暗い。自宅とは逆方向へ。しばらく歩くと倉庫が並ぶ、人気のない通りに出る。 「あっ……」  淡いレザーの香りが鼻を掠めた。  蒼生はグレーのスーツを着た30代そこそこと思しき男に抱きすくめられる。幾重にも重なった服の上からでも感じる硬い筋肉の強い力。背中から回った手は蒼生の胸を弄り、耳元で「いちごでいいの?」と囁く。 「ん…でも、ここでは……だめですよ?」    花冷えのする3月末、海に続く河川が何度も波打つ。
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