俺を見て

1/1
前へ
/31ページ
次へ

俺を見て

「蒼生! おい、しっかりしろ!」  灯りの消えた店の前、ドアにもたれた蒼生が座り込んでいる。和が肩を揺すっても、反応がなくぐったりしたまま。    激しい雨に降られながら叶衣を送る道中、和は『霖雨』の前に見慣れた人影を見て迷わず走ってきた。   「返事しろ!」 「ん……和?」 「いつからいるんだここに。すぐ開けるから」  和は鍵を開けるのももどかしい様子で、蒼生を抱えて店内へ入った。 いまの蒼生は、腕を離したらそのまま消え入ってしまうほど儚い。 「……もう会わないと思ってた」 「決めてたのか。バカだな」    初夏の陽気から急に冷え込んだ嵐に打たれ、身体は体温を奪われている。絞れるほどの水分を含んだフーディを、和は躊躇なく剥ぎ取った。 「ごめん」 声は上ずって、涙をこらえているのがわかる。蒼生は力の入らない様子で、うつむいて露わになった上半身を抱くように膝をついた。黒髪というには色素の淡い髪の毛も、豪雨に曝され毛先から雫が滴る。  フーディを洗面台に放り、和は起毛のカーディガンを肩にかける。震える身体。蒼生の歯がカチカチと音を立てている。急いでタオルを頭にかけ、同じ目線で話す。 「いいよ。俺の前に戻ってきてくれてよかった」 「怖かった。俺を犯してる男だって、俺を見てない。母さんも、父さんもみんな俺を大切にはしてくれない」 蒼生が本音を漏らす姿を見たのは初めてだ。 「蒼生、ちゃんと、こっち見て」 「俺だって愛されたい。大切にされたい。でも、俺、どうすればいいのかわかんないんだよ」 「まずはお前が、俺を、見ろっていうの」 和は無言で蒼生の背中に腕を回す。蒼生はなおも止まらない。 「もう家にも帰れない……和にも」 「俺にも、なに?」  抱き寄せられた蒼生の怯えた瞳がこちらを覗く。暗い店内はスポットライトが心もとなくカウンターを照らしている。目をこらすと蒼生の白い身体に得体の知れない傷が浮かび上がる。 「俺、嫌われたかもって。もう会ってくれないだろ、って」 「俺がそんなこと言ったことあるか?」 「だって……。大好きなのに、嫌いって言われたら嫌だから、言われる前に」 「嫌われるようなことして、相手を試すのか」 食い気味に聞き返すと、蒼生は首を振る。 「ううん、そうじゃない。ううん、そう。やっぱり、そう」 「不安なのか。どんだけ思われてるのか……愛されてるのか」 和は腕に力を入れて、以前よりも軽くなってしまった身体を抱きしめた。 「きっと俺はお前の父さんよりも諦めが悪い。お前が離せっていうまで離さない。だからいまは、なんにも言わなくていい」 「こんなの俺だっていやなんだよ」 「蒼生」 「ずっとこのままなら、消えてしまいたい」 「消えないさ。変わればいい」 「俺が変われる?」 「ああ。変えていける」    夜空の向こうが光り、雷鳴が遠く響いている。ノイズのように広がった雨音も通り過ぎた。雲が風に、高速で流されていく。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加