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俺を見て
「蒼生! おい、しっかりしろ!」
灯りの消えた店の前、ドアにもたれた蒼生が座り込んでいる。和が肩を揺すっても、反応がなくぐったりしたまま。
激しい雨に降られながら叶衣を送る道中、和は『霖雨』の前に見慣れた人影を見て迷わず走ってきた。
「返事しろ!」
「ん……和?」
「いつからいるんだここに。すぐ開けるから」
和は鍵を開けるのももどかしい様子で、蒼生を抱えて店内へ入った。
いまの蒼生は、腕を離したらそのまま消え入ってしまうほど儚い。
「……もう会わないと思ってた」
「決めてたのか。バカだな」
初夏の陽気から急に冷え込んだ嵐に打たれ、身体は体温を奪われている。絞れるほどの水分を含んだフーディを、和は躊躇なく剥ぎ取った。
「ごめん」
声は上ずって、涙をこらえているのがわかる。蒼生は力の入らない様子で、うつむいて露わになった上半身を抱くように膝をついた。黒髪というには色素の淡い髪の毛も、豪雨に曝され毛先から雫が滴る。
フーディを洗面台に放り、和は起毛のカーディガンを肩にかける。震える身体。蒼生の歯がカチカチと音を立てている。急いでタオルを頭にかけ、同じ目線で話す。
「いいよ。俺の前に戻ってきてくれてよかった」
「怖かった。俺を犯してる男だって、俺を見てない。母さんも、父さんもみんな俺を大切にはしてくれない」
蒼生が本音を漏らす姿を見たのは初めてだ。
「蒼生、ちゃんと、こっち見て」
「俺だって愛されたい。大切にされたい。でも、俺、どうすればいいのかわかんないんだよ」
「まずはお前が、俺を、見ろっていうの」
和は無言で蒼生の背中に腕を回す。蒼生はなおも止まらない。
「もう家にも帰れない……和にも」
「俺にも、なに?」
抱き寄せられた蒼生の怯えた瞳がこちらを覗く。暗い店内はスポットライトが心もとなくカウンターを照らしている。目をこらすと蒼生の白い身体に得体の知れない傷が浮かび上がる。
「俺、嫌われたかもって。もう会ってくれないだろ、って」
「俺がそんなこと言ったことあるか?」
「だって……。大好きなのに、嫌いって言われたら嫌だから、言われる前に」
「嫌われるようなことして、相手を試すのか」
食い気味に聞き返すと、蒼生は首を振る。
「ううん、そうじゃない。ううん、そう。やっぱり、そう」
「不安なのか。どんだけ思われてるのか……愛されてるのか」
和は腕に力を入れて、以前よりも軽くなってしまった身体を抱きしめた。
「きっと俺はお前の父さんよりも諦めが悪い。お前が離せっていうまで離さない。だからいまは、なんにも言わなくていい」
「こんなの俺だっていやなんだよ」
「蒼生」
「ずっとこのままなら、消えてしまいたい」
「消えないさ。変わればいい」
「俺が変われる?」
「ああ。変えていける」
夜空の向こうが光り、雷鳴が遠く響いている。ノイズのように広がった雨音も通り過ぎた。雲が風に、高速で流されていく。
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