25人が本棚に入れています
本棚に追加
きっとここが俺の帰る場所
蒼生がエプロンの紐を結びながら2階から降りてきた。学校が夏休みになり、朝から店へやってくることも多い。
「ドラッグストア行く時にうちの歯ブラシも買ってきて。もう交換時期でしょ」
夜まで店を手伝ったり宿題をして、和の家に泊まることも増えた。蒼生の父親は相変わらず夜勤で、あまり接点は持てない様子だったが、休日には『霖雨』へやってくる。
昼過ぎに宅配便が集荷に来て、蒼生が荷物を渡す。宛先に店名が書いてあり住所は福岡だ。
「福岡、遠いね」
「うちの豆が博多まで飛んでくって、なかなか夢あるな」
「あっ……あの話が実現したってこと?」
「まだサンプル。向こうで叶衣が受け取って調査するんだと」
蒼生は入り口で伸びをしている。和はカウンターの中で昨日仕込んでおいたコールドブリューの味を見てから、蒼生にもアイスコーヒーを出した。
「お前もここから巣立ってけよ」
生きていれば、年を追うごとに世界が広がる。いまは狭い世界で行き場がないと思っても、自分の居場所を作れるようになるのは自明だ。きっと誰にいわれなくても蒼生はここから飛び立っていく。
振り向いた蒼生は不満げに唇を尖らせ、カウンターから和に向かい身を乗り出す。
「そんなのまだずっと先だよ」
──陽が眩しい……
外は晴空。ここにいていい。雨は降っていなくても。
最初のコメントを投稿しよう!