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満たされたくて
蒼生は上着のフードを被り歩き続けていた。細かい雨粒が容赦なく吹き付け、不安定な気持ちに拍車がかかる。
悲鳴の上がるジェットコースターの隣、結婚式場に併設されたカフェ。門前に飾られたウェディングドレスが見えてくる。こういう場所での待ち合わせは珍しい。
相手は少年専門のデートクラブ、通称〈イ・オ〉の客で、蒼生の様な小さい少年を好きな、歪んだ性嗜好の持ち主だ。クチコミで少年たちを集め、審査を通過した客にだけ斡旋している。年代は高学年から上は需要次第。基本的には見た目が未熟そうな男の子。小学校を卒業し大人びてくると需要から外れていく。蒼生は中学2年生でも肩幅が狭く華奢、中性的な顔立ちのため、少ないながらまだ固定客がいる。
しかし今夜の相手は違う。初めてスマホアプリで見つけた相手だ。
「あれかな。随分聞いた感じと違うけど」
メッセージアプリを開いて軽く確認するが、それらしい人物はひとりしかいない。
傘から見え隠れしている長めの前髪。カーキ色のモッズコート。デニム。遠目でも20代後半くらいに見えた。〈イ・オ〉の客にはいないタイプだ。『掴まされた』感はあるが、もらうものをもらうまで、と蒼生は切り替えた。
遊園地のカラフルなイルミネーションが道沿い、桜の蕾を照らす。
スマホを持ち直し、蒼生はまっすぐ男の元へ歩いていく。
「和也さん、初めまして、ジュリです。こんばんは」
いつも使っている源氏名を名乗り、初見が悪くならないよう精一杯の愛嬌を振りまいたつもりだ。
「えっ?」
客はスマホから顔を上げると、びっくりした顔でこちらを見た。
「あの……」
声をかけると、ワイヤレスのイヤホンを片耳だけ外して「なに?」と聞き返してくる。
俺じゃ不満なのか、と不審に思いつつ、ここまで来て後には引けない。
「アプリで聞いていた通りのステキなひとでよかったです。このカフェ来てみたかったんだあ……」
笑顔が途切れないように、上目遣いで男の顔を見つめる。そして大袈裟なくらい、ぴょこぴょこと跳ねて喜ぶ様子を見せた。
「この時間でしょ、ぼくお腹空いてるんです」
傘のうちにある男の顔がはっきり見え、蒼生の瞳孔が開く。
スッと伸びた鼻筋。切長の目。眼差はこちらへ違和感をおぼえている。薄い唇が動く。
「腹減ってるの?」
「はい」
ツンデレ気味にいるより、いまは素直に空腹をうったえる。つまらない意地を張って食いっぱぐれるのは避けたい。腕を掴んででも店に入ったものが勝ちだ。
「嬉しいです、ここにこれて」
──うそじゃない。相手の戸惑う顔なんて見ない。見えてない。
雨が強くなり、ひとの少ないコースターがガラガラと背後を走り抜けたのが見えた。もう限界。
「早く! 濡れちゃうでしょ」
誰でもいい。俺を満たして。
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