あの男との再会

1/1
前へ
/31ページ
次へ

あの男との再会

「うん、来週から学校。うん、またね」  母親との通話を切って、蒼生はスマホを覗く。今日はめずらしく機嫌のいい母親が電話に出て、最近の出来事を話した。面会しないで、こうして顔が見えない方がうまくいくこともある。  事実、昨日は差し入れた惣菜が気に入らず、布団をかぶったきりだった。いづらくなった蒼生は父親と入れ替わりに逃げるように病室を出たのだ。  自宅だろうと病室だろうと変わらない、母親の気にいることを気にいるようにできない。悲しく、気持ちが満たされない。 父親との関係は悪くないが、よくもない。当たり障りのない話をしていれば。その程度だ。自分と母親との距離感など気づきもしない、鈍感が服を着ているようなものだ。  満開に咲いた桜を見ながら食事をしている蒼生。ホテルのラウンジでのビュッフェ。軽い気持ちで始めたアプリから見つけた客に、ゲームをおしえてもらうという体裁(てい)で。 食後、本当にゲームをおそわりながら、腕に絡みついて相手の様子を伺う。何年も客の相手をしていれば、視線や言葉の端々で自分がなにを要求されているのかわかるようになる。親元でも顔色を伺う生活をしている子はなおさら、そういうことが上手い。  外部(そと)で会う客には出し惜しみしたほうがいいよ、と〈イ・オ〉で出会った名前も知らない、年上の少年の言葉を思い出す。 相手はまだ帰らない雰囲気。もうすぐ日の暮れる頃。次の約束をやんわりして、お開きにすることにした。    家へ戻る途中、蒼生は自宅付近でフードイベントが開催されていることに気づく。幼い頃からこの辺りで遊んでいる自分にとって庭のような場所。観光客の多い表通りを進むと、小学校の同級生を見かけた。陽キャで勉強もスポーツも得意、カーストでいえば最上位。自分とは真逆の存在で、話したことすらあまりない。かなりの難関校へ進学したらしいが、興味もなくよく知らなかった。一緒にいる家族らしき男性ふたりは、すらりと背が高く、美形で周囲の目を惹いている。3人でふざけ合いながら楽しそうに食べ物を吟味していた。 ──会いたくない。顔を見られたくない。 あまりに楽しそうな彼らは、自分とあまりにも違いすぎる。相手がこちらを向いた瞬間、目を逸らして裏通りに向かった。突き当たり、神社の大きな桜の木が風に揺られ花びらを舞い散らす。フーディしか羽織っていない蒼生は、くしゅっとくしゃみする。  通りの露店は近隣の店舗が出していて、価格は若干高い。それでも普段なら入れないような店の料理は見ていて飽きない。フレンチ、イタリアン、中華、和食、アフリカン。もうすっかり空腹になっている蒼生は目移りした。いまならさっきもらったお小遣いがある。  駐車場に作られたテーブルにとりあえず席を取って、「雲心月性(うんしんげっせい)」という店を覗く。ベーカリーのようだが、付近に有名な店がいくつもあり、ここは新しいようで店名に憶えがない。 「あの、すみません」 注文のためにサンプルになっている料理から顔を上げる。「はい」と振り向いた店員と目があう。 「うそでしょ……っ」 「えっ、ジュリ……か?!」  見憶えのあるどころか、ついこの間一緒に食事した、和也だ。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加