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倍速展開
「ていうか、なんで」
「そりゃそうでしょ」
このひとは一瞬だけ驚いたような顔をしていたが、自分のように動悸がしている様子はない。
「こんな近間で営業してれば、いつかこうなるでしょ」
冷静な顔でクラムチャウダーをカップに注ぐ作業を続けている。
「でも」
「こんなことなかった? 今日までは、な」
「いつもはあんなところで待ち合わせなんかしないし」
逃げようと思って振り返るが、席に置いた荷物を置いていけない。
「で? 注文は?」
「注文……?」
「俺はルーベンサンドがボリュームがあってお勧め。月並みだけど」
「それじゃあ、それで」
手っ取り早く買うものを買って、蒼生は帰ろうとする。和也はコンベクションと自分を交互に見ながらさっとサンドウィッチを取り出した。コンビーフとチーズがこれでもかというほど入っている。
「あっち! あっため過ぎた」
チーズの溶ける香り。蒼生が手に入れておいた食券を出す。
「いいよ、俺の奢り。それは明日使えば」
「なんで。そんな理由ないよ」
予想外の出来事に戸惑い、冷や汗が止まらない。
「ジュリ、この間はあれから、ちゃんと帰った? 今日は送ってやんよ」
和は早口で捲し立て、エプロンをテーブル下のダンボールへ放りむ。
食事の入った大きめの紙袋を押し付けるように持たされた蒼生は、席に置いた荷物をかろうじて持ち上げあたふたしていた。
店の誰かと和也が言葉を交わして、こちらの口を挟む間のないまま強引に手を引かれどんどん歩き始めてしまう。
──うそでしょ?!
蒼生は倍速の展開に、混乱したまま。
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