前夜屋

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「でも誘拐されて、明日殺される……、そんな気分も誰も味わいたくないんじゃないですか……?」と男が期待を込めて、おずおずと言う。  もしかしたら、誰も欲しがらない気分だと、この男を説得できれば、命が助かるかもしれない、と思っているのだろう。 「そこが素人の考えよ」とボスは優しく言った。 「サスペンス、ホラー映画、ジェットコースター。人間はスリルが大好きなんだよ。安全が保障されていればの話だけどな」 「誘拐されて銃を突きつけられ、『明日の朝、お前を殺す』そんな予告をされた奴の気分を、自分の家で、安全に味わえる……。 さらに、だ。人間はどんな時でも、ほんのわずかな希望を持っているもんだ。お前もそうだろ?  誰かが気が付いて助けてくれるかもしれない。チョッピリやさしいコイツが」とボスは僕の肩を抱き寄せて言う。 「もしかしたら逃がしてくれるかも、とか。 はたまた。俺が欲しがっているのは、前夜の気分だ。なにも本当に殺す必要はないんだから、明日になったら解放してもらえるかも、なんてな?」  ボスはからかうように言ってから、男の目の前で手をひらひらと振ってみせる。 「ないから、そんなこと」
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