前夜屋

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「風船、ふくらませておけよ!」と言い置いて、ボスは結婚式前夜の気分の缶詰を取りに、地下室を出て行った。  ボスが虹色のラベルの缶詰を手に持って戻ってきた時、男は顔を真っ赤にしながら、風船を膨らませていた。 「お、がんばってるな」と、ボスは満足げにうなずいた。 「この缶詰の気分を味わいながら、死ねるぞ」と缶詰を見せびらかす。 「あっ! その缶詰は」と僕が言いかけると、ボスは無言で僕の背中を、ゴツッとげんこつで殴って黙らせた。  この虹色のラベルの缶詰は、結婚式前夜の缶詰であることに間違いはないが、リコール品なのだ。  缶詰の元になる息を吹き込んだのは、結婚詐欺師だった。  詐欺師は財産目当てで結婚を決めた。豪勢な新婚生活を満喫しつつ財産を乗っ取り、さらに慰謝料もたんまりとせしめて離婚する計画だったのだ。しかしフタをあけてみれば、結婚相手には、財産がなかった。  そして三十四歳だと話していた結婚相手は、実は六十二歳だった。なお、詐欺師は三十五歳。  そんなバカな、と思うかもしれないが、莫大な財産がなくなった理由が、若さと美貌を手に入れる美容整形を繰り返したためだと聞けば納得がいく。  結婚前夜に真実を知った詐欺師だったが、契約済みだった前夜缶の仕事はもちろんこなした。
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